少女を拾い、拾われました。

伊勢州 静

第1話 少女を拾った

もしくは、少女を誘拐した。しかし少女も人間だ。僕の非力さを呪う。この妄想が妄想で終わるといいな。

「あの〜、だれですか?」

「飯田と言います。この近くに住んでいる者です。」

「それで私になにか用ですか?」

「今日はあなたを連れ去りに来ました。」

「ひえ……変質者……だれか、たすけ」

僕は、用意したナイフを少女の首筋に押し付け、威圧する。すると、少女は抵抗することを諦め、僕の指示に応じ、そのまま、少女を僕の家に上がらせた。

 それにしても、こんなに簡単に誘拐が完成して良いのだろうか。ふと、帰り際の出来事がよぎる。落ち着きたい。ぼくはコーヒーとバウムクーヘンを用意する。せっかくなのだから、少女の分もと思い、埃かぶったマグカップを取り出した。

「なにも入れてないからこれ飲めよ。」

無反応だった。ベッドの横に腰掛ける感じで。

俺が一口飲み、香りを吸い込むように啜りながら味わっていると、やっと手を付けた。

「苦っ、これ苦いよ。」

馬鹿なやつ。ブラックなんだから口に合うはずないのに。まあ、そのためのバウムクーヘンなわけで。そういえば、部屋に入ってくる時なんか読んでたっけ。

「ところでお兄さん、こんなイヤらしい本読んでるんですね。」

俺が好きなアニメの同人誌だった。

「しかも、監禁もの。あーここに出てくる子、私に似てる。」

僕の性癖を見透かされたような気がした。というより、なぜこんなにも淡々と話しているのか。動揺の色が少しも見えない。

「お兄さん、今から私にこんなコトしようとしてるんだ。」

「まあ、そうなんだけど……」

それから、少女は描かれている内容を言い始める。ひとしきり言い終わったあとこう言った。

「わたし、あなたに監禁されてもいいわ。」

聞き間違いかな。ありえない。都合が良すぎる。

こんなの台本どおりじゃない。なんで怖がる素振りも見せないんだ。

「あ、頭が痛い……」

こんなはずじゃなかった。思ってたのと全然、違う!もうやめよう。こんなことは。

「きみを解放するよ、疲れた。」

私の中の糸が切れる。

「お兄さん、まさかこのままなかったことにするわけ?許されるわけないでしょ。」

したり顔でポケットから取り出したスマホの画面はボイスレコーダーだった。

僕は膝から転げ落ちるように、少女に跪くように。

「じゃあ、取引しましょう。あなたを買うわ、この証拠を売らない代わりに。」

 その前に、僕たちはゲームをしていた。我慢比べ対決。なんでもいい。例えば、まずポテトチップスを一口食べる。でも2つ目のポテトチップスは自分の口元で寸止めする。舌を伸ばせば届くくらいの距離で。そしてできる限りそれを見つめながら。  

 結果から言うと、僕の負けだった。5分も経たずに食べてしまった。プロスペクトな僕を横目に、少女は持っていたポテチをテーブルに置く。でも、僕は少女の喉がそれこそ食欲を飲み込む様子を見ていたんだ。何回もね。

 私達は買われた。こうして僕は下僕となる。この世は二人にできていた。支配者と被支配者なり。一方は頭を抱え、もう一方は体を壊す。痛み消え、解放されん。その夜、私は少女を誘拐した罪悪感に苛まれ寝付きが悪かった。それでも眠れたことに対して、己の欲深さを感じ落胆する。彼女は、許してくれただろうか。ただ主のみ知る。

 翌朝、何人かの男がやってきた。

「飯田さんですか?」

「はい。」

裏切られた気がしたが、そもそも信用に値しないのは僕のほうだった。取り調べを受け

ている時の警官の目は、同じ人間を見ているようには思えなく、壁に話しかけているようだ。ただ僕は、相手の手元を見ていた。殴られるのが怖かったから。それから数日後、両親が面会に来てくれた。心配そうな表情をしている。

「ここから出たらあなたの好きなようにしなさい。私達はこれ以上かかわりたくないわ。」

そう言って話は終わった。

 それからもう一人、面会した。あの少女だ。僕の傷心しきった様子を見るやいなや

「うふふ、あははっははっ。まるで捨て猫みたいね。絶望に満ちたその顔。私のベッドルームに飾っておきたいわ。」

若干にして17歳程の人間が何故、サディスト気取りなのか興味が湧いた。というよりもなんで会いに来たんだよ。こいつ俺のこと好きなんじゃないのって本気で思った。まあ、そんなわけ。

「可哀そうな子。親にも捨てられて。孤独。辛い。すごく辛い。」

哀れみはよしてくれ。そんなに面と向かって言われるのまだ慣れてないよ。心が痛い。

とほほ……。

「ねえ、拾ってあげようか?ねぇねぇ。拾ってあげるよ。ほーら。こっち向いてー。」

はあ。なにもかも面倒くさい。疲れた。家帰りたい。ああ、そうか。俺の居場所なんて……。

「あなたは社会的に死んだの。この犯罪者!差し伸べられた手がどれだけありがたいのか理解しなさい。」

彼女はなにを怒っているんだ。むしろ焦っているともいえる。面会のタイムアウトに苦しめられている?とにかくここは受け入れよう。僕は少女の下僕なのだから。

「わかった。」

顔がやわらかくなる。

「じゃあ、ガラス越しだけど、右手を合わせて。」

なんなんだろう……。手を合わせた瞬間、尋常ないほどのなにかが入ってくる。同時に僕からも出ていった。

「認証完了ね。これで私達は繋がった。」

「なにが?」

「思考。そう意識レベルでね。」

えーマジかよ。もう嘘つけないじゃん。ちょっと、うるさい!!共有中なんだから、勝手に考えないで。いや、でもそんな。いい?なにか考える度に「愛してる、○○」って思いなさい。○○は私の名前ね。

 それからというものの、僕は服役中、彼女の脳内リソースにお邪魔していた。人は本音と建前の生き物。常に言葉を選んで考えて。あー俺今、嘘ついてるって思いながら嘘をついて。たまには、反射的に無自覚で無意識に。一つ気づいたことがあった。それは、彼女がクラスメイトから「おはよう。」と言われた時、彼女がなんて返したのかわからなかった事。それは、多分、おはようと返したはずだろうけど。他にも、学校の帰り際にセレクトショップに立ち寄って流行りのコーディネートを見ているとき。クラスの女の子が「これかわいいね。」と言って続けざまに彼女がなんて返したのか分からなかった。それは、多分、かわいいねと返したはずだろうけど。

 人はそれが当たり前ならば、考えることをやめる。同調したときも、また。それと……、これはまあ、いいか。僕が俺で私が彼女……あなたは誰。

「痛い、頭が。」

半年後、僕は釈放された。身元引受人としてし来た少女がひとり。とりあえず、自宅へ行ったがそこは空き家だった。夜逃げならぬお逃げである。鬼ごっこの鬼は僕のほう。

「そういや。まだ名前聞いてなかった。ねえ、名前教えてよ。」

少女は笑う。

「教える必要はないわ。もうあなたは私の一部なんだから。」   

空き家を後にする少女がふたり。

「はあ、なんかいろんなことありすぎて人生疲れちゃったよ。」

気にしすぎなのかな。別に死のうとかは、思ってないんだけどね。ただ、頭ん中のモヤモヤが消えなくて。

「そういう時は、ご飯食べにいこ。ファミレス。ファミレス〜。」

歩く歩幅はいつもと変わらず。されど、抱く心は図り知れず。お腹空いた〜。でも選ぶの面倒くさいなあ。

「もう決めた?私はハンバーグセットかな。」

「わたしもそれにするよ。」

店員にオーダーしてから5分程経つ。はやく来ないかな。自分が料理してる時はあっという間なのに、この待っている間は、イラッとするの、なんなんだろうか。それはね。せっかちだよ。部分的せっかち、局所的せっかち、条件付きせっかち、注文待ちせっかち、ダイナミックせっかち、エキゾチックせっかち、せっかくせっかち、せっかちせっかち!!うん。途中から訳わからんの入ってるし、最後なんて2回言っただけだからね。そもそも、せっかちとはなんだろうか。

「君にせっかちを名乗る資格はあるのかね。」

「先生!せっかちとは先急ぎ野郎のことであります。」

強いて言うなら、先延ばし野郎のほうがお似合いかも。夕焼けこやけ〜、赤いきつねのおにいさん。ふやけたナイフで、踊りましょ。散々、青らめた頬に大地の血潮、飛ぶ。嗚呼、水面に写る僕の背中に一目惚れ。蕩れ。

「ん〜美味しかったあ。」

熱すぎて口の中、火傷しちゃったよ。薄皮剥けた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る