第20話 自責

「あと少しであれから3年になるのか・・。」


桜が見納めになる頃、缶コーヒーのタブを開け公園のベンチに腰を下ろして一息ついた春見聡明は、そう呟くと天を仰いだ。


「まぁ・・こんな事が償いになるとは思えないが・・。」


終わった裁判の書類に目を通しながら、コーヒーに口を付けているとポンポンっと足元にゴムボールが転がってきた。聡明はボールを手に取り顔を上げると、小さな女の子が一生懸命トテトテと聡明の元に歩いてきた。


「ほら。」


聡明はボールを女の子に差し出すと、キャッと笑った女の子がボールを受け取り「ありあとう。」と聡明にお礼を言う。つい頭を撫でてしまった聡明も釣られてふっと笑ってしまった。


「ああ・・純粋に笑ったのは久しぶりだなぁ・・。」


笑った自分に気づいた聡明はポツリとそう呟いた。


女の子はまたトテトテと歩くと、不器用に女の子の母親と思われる女性に精一杯ボールを投げた。ポンポンと転がるボールを拾い上げたその女性も聡明と目が合うとペコッと頭を下げた。


それを見て聡明は微笑むとベンチから腰を上げ、次の弁護のため裁判所に足を向けた。



****



「ん・・んん?」


私は目を覚ますと床も壁も天井も真っ白な部屋に倒れていた。そして何故か真っ白な服に身を包んでいた。


体を起こして周囲を見ると、黒いスーツを着て白髪を束ねた・・細身の・・何というか・・『素敵なおじ様』という表現がしっくりくる男性が椅子に腰かけ本を読んでいた。


「おや、気づいたようだね。」


男性は目を覚ました私に気づくと、優しそうな笑顔を浮かべて話しかけてきた。私は男性恐怖症になっていたけど、不思議とこのおじ様(もうおじ様と呼ぶことにした)には『嫌悪』や『恐怖』を感じ無かった。


「ここはどこですか?」


「ここはね、向こうで言うなら『死んだ者』が行きつく場所の一つだよ。」


「やっぱり・・・私死んでたんですね。」


「そうだよ。最後の方の記憶が曖昧だったようだね。ちょっと質問をさせて貰えるかな?」


「は、はい。」


「そんなに緊張しなくても大丈夫。まず、お名前は言えるかい?」


「はい。私の名前は『里村 青葉』と言います。」


「生年月日は?」


「1995年の4月10日です。」


「うん、ありがとう。間違い無いようだね。」


「間違え??」


「そう。今回この部屋は君だけが居るけど、通常だと10人前後が集まるんだ。そのため人間違えをしていないか名前と生年月日を確認するんだよ。今のは念のためにね。」


「どうして・・今回は私だけなんですか?」


私が怪訝に思っていると、おじ様はゆっくりと丁寧に説明してくれた。この部屋に来た人達は、説明が終わるとすぐに生前の罪を反省するため、各々の部屋に案内されるみたいだったけど、私の魂はあと少しで砕けてしまうくらいにひび割れているそうだ。


「そのために君は少しお休みをする必要があるんだよ。」


「お休み??」


「そうだよ。」


「きゃっ!」


おじ様が私の前のそっと手を差し出した。すると床からベッドが現れて、私の身体もそれと同時に浮き上がりベッドに横たわる体勢になった。ベッドはとても柔らかかった。


「大丈夫、怖い夢を見る事もないよ。自然と目を覚ますまでゆっくり眠るといいさ。」


おじ様がそう言うと急に睡魔が襲ってきた。私はそれに逆らうことが出来ずにそのまま眠ってしまった。













「ん?んん・・・・ん?」


私は目を覚ますと、眠る前まで居た場所より少し小さな部屋の真ん中に置かれたベッドの上に寝ていた。あれからどれ位時間が経ったのだろう?こんなにゆっくり眠ったのは久しぶりだった。私は寝ながら思いきり背伸びをした。


体を起こすと、軽くなったようなスッキリとした感じを覚えた。私はベッドから足を降ろし立ち上がると、ドアをノックする音が聞こえたのでつい返事をしてしまった。ドアが開くとさっきのおじ様ではなく執事の恰好をした私より少し年下くらいの男の子が姿を現せた。


「お!!お目覚めのようだね。」


ニコッと爽やかに笑う男の子からもおじ様と同じ様に害意のようなものは感じなかった。


「私・・どれくらい眠っていたんですか??」


「ん?そうだな・・あっちの時間で言うなら半年ってところかな?」


「半年!?そんなに・・。」


「それでも早い方だよ。完全に魂が砕けた人だと数年掛かるから。」


「そ・・そうなんだ。」


然も当たり前の事のような調子で言われてしまうと、受け入れるしかなかった私は苦笑いをしてしまった。


「さて、次の部屋に案内するよ。」


男の子がそっと手を差し伸べてくれたのに対して、私は体がつい反応してしまい後退ってしまった。


彼から悪意や害意は感じないのに、やっぱり男の人に触れるのは恐いようだった。俯いていた私は『彼に嫌な思いをさせてしまったんじゃないか?』と思い、恐る恐る顔を上げると彼は微笑んでくれていた。


「あ!そうかそうか。ひび割れが修復してもまだ男性という種類が怖いみたいだね。それなら僕姿を変えるから安心していいよ。」


「え、、姿を??変える??」


「うん。でも取りあえずここから出るよー。」


「あ・・うん。」


部屋から出ると、そこは一本道の細い通路になっていた。


「そうだ!姿を変えると言葉を話せなくなっちゃうから、僕の後をちゃんと付いて来てね。」


通路の先でこちらを見ていた男の子がウインクしながらそう言うと、スゥーっと小さな

な猫の姿に変わっていった。


「あ・・ああ・・・。」


驚いている私に向かって、彼?がニャーっと鳴くと通路をスタスタと歩き始めた。


「付いて来てって言ったの・・・かな?」


私はこちらをチラッと振り返って見つめている、猫の姿になった彼の後ろを付いて行った。

それが分かると、シルバーのとても綺麗な毛並をしている猫は前を向いてまた歩き始めた。。


細い通路をしばらく歩くと、突き当りにドアがあった。彼がドアを叩きながらニャーっと鳴くのでドアを開けると、そこは今までの通路より少し広い通路で、右側だけにドアが並んでいた。立ち止まっていると彼がまたスタスタと先に行ってしまったので慌てて追いかけた。少しして一つのドアの前で足を止めると彼は元の男の子の姿に戻った。


「着いたよ。ちょっと説明があったから元の姿に戻っちゃったけど・・。」


「大丈夫。ありがとう、気を遣ってくれて。」


「そっか。良かった。じゃあ早速、この部屋に入ると真ん中に椅子があるから、そこに座って待っててね。座って少しすると正面に映像が出るからそれを見て貰いたいんだ。」


「映像??うん、分かった。ありがとう。」


私は言われるがままドアを開けて中に入ると、その部屋はベッドがあった部屋と同じくらいの広さだった。そして彼が言う通りに真ん中に白い椅子があった。


ドアを閉める間際に「今なら耐えれるから・・。」と彼が小さく呟いたのが聞こえた。


その言葉にドキッとしてドアを開けてみたけど、閉まったドアには鍵が掛かってしまったようでピクリとも動かなかった。


「耐えれるって・・何に??」


私は何か拷問でもされるのかと思い恐る恐る椅子を調べてみたけど、普通の椅子のようだった。しばらく迷っていたけど、このまま立っていても何も始まらない・・・「座って少しすると正面に映像が出るからそれを見て貰いたいんだ。」そう言っていた彼の言葉を思い出し、私は意を決して椅子に座ってみる事にした。


「え?何!?」


座ってみると、彼が言う通りパッと真正面の壁に映像が映し出された。


「え?え!?私???・・・父さん!?!?!?」


そこには霊安室のような部屋に寝ている私の体に、顔を埋めて泣いている父の姿が映っていた。


『あおば・・・すまない・・・ぅまない・・・。』


ボロボロ涙をこぼす父の後ろには、大声で泣いている弟とそれを抱き締めている妹の姿があった。


『ボクが・・・ボクがあおねぇを一人にしちゃったからだ・・いぃいいいいいいい。』


そう泣き叫ぶ弟を父も抱き締めた。


『お前のせいじゃない・・お前のせいじゃないんだ!!僕が・・・僕がぁ!!』


父も自分を責めていた。


私が最後の被害にあった後、たまたま通りかかった女性弁護士の若松翔子さんに助けて貰った。次の日彼女に連れられて病院に行くと父が駆け込んできた。翔子さんが連絡してくれたそうだ。


「青葉!!!」


「父さん・・ごめんね。私また・・迷惑をかけちゃった・・。」


「迷惑なんかじゃない。青葉は悪くないじゃないか。」


父は私を優しく抱くと、ボロボロと涙をこぼした。


私は父に自分に似ていると言われていた。ひょろっとしていた父は、真面目で優しい人だったけど、いつも眉尻を下げ気弱そうに見える顔つき通りの性格の持ち主だった。昔、母の強引なアプローチに負けて結婚したと苦笑いしていたけど、そのおかげで私や妹、弟に会えたと綻んでもいた事を思い出した。


認めたくは無かったけど、確かに父と私は似ていて、気が弱く、頼まれたら断れない性格だった。特に強引な人には逆らうことが出来ない弱さはそっくりだった。



病院の談話室から意気揚々と戻ってくる翔子さんと対照的に、椅子から立ち上がれず俯いている父の姿は自分の姿と重なって見えた。

私が翔子さんの正義に押し切られたように、父も押し切られてしまったのだと、その姿を見るだけで理解出来た。


そして父はその事を酷く後悔していたようだった。


「僕が・・ちゃんと断っていたら・・。」


そう自分を責めている父だったけど、今、ここにいる私には父を責めたり怨んだりする気持ちは無くなかった。飛び降りる直前は父も憎んだりしたけれど、何だかんだ言って自分が一番悪いと思っていた。


それよりも抱き締める父の服を強く握り、嗚咽し続ける弟の姿を見ると心が辛くなり私は泣いてしまった。弟が自分を責める気持ちが伝わってきて、私が飛び降りたのは弟の責任じゃない・・・何とか誤解を解いてあげたい・・・そう強く思うけど、映像に映る家族のために私が出来る事は何も無かった。


自分自身が拷問を受ける方がまだマシだった。


その後も、小規模ながらも通夜、火葬、葬儀と映像が切り替わる度に憔悴していく自分の家族の姿をただ見るしかない出来ない私は、被害者であったはずなのに加害者になった気持ちになってしまった。


汚れた自分に構わず、自分の人生を歩んで欲しかったのに・・私は家族の心に大きな傷を付けてしまっていた。


私は自分がどうするべきだったのか、どうしたら良かったのか分からなくなってしまった。自分が生まれた事さえ罪であって、自分は家族を不幸にするために生まれたのでは無いか?と思うほどだった。


そして、映像が切り替わる度に・・・・家族の苦しみや悲しみが自分の心に押し寄せる度に、家族の記憶から自分の存在を最初から全て消し去って欲しい・・・そう強く願った。


映像を見ていた私は再び壊れそうだった。執事の格好していた彼が「耐えれる」と言っていたけど、とても耐えれそうには無かった。






だけど・・・・私が死ぬ前に一番怨んでいた男性が・・・・そんな私を救ってくれた。

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