私は飛び降りた。

ha-nico

第1話 白い部屋


私は飛び降りた。


「私の人生に意味はあったのかなぁ??」


飛び降りる直前、夜空を見上げそんなことを考えるとふと家族の顔が浮かんできた。


けど、、、、


「まったく何やってるんだよ!!お前は!!」

「君には失望したよ。」

「どうなっているんですか!?!?無能ですか?おたくは!!!」

「会社に不利益を与えやがって!!お前の責任だからな!損害賠償ものだぞ!!!!」


記憶に新しく残る上司や取引先からの数々の罵声や怒気に塗れた顔が鮮明に襲いかかってきてしまった。


「いやぁああああ!!」


それを取り掃うように激しくかぶりを振ったけど、脳裏から一向に消え去ってはくれなかった。


「もう・・疲れた・・・」


最後に自分の人生の意味を考えてしまった事すら馬鹿らしく思え・・私は飛び降りた。





私は自殺をした。


これ以上生きていたくなかった。




****




「ふざけんじゃねぇ!!・・・・・・」



声が聞こえてきた・・・・


誰か大声を上げてるの??






「ん、、んん。」


気づくと私は冷たい床に横たわっていたようだった。


私は取り敢えず上半身だけ体を起こして、天井を見上げてみた。


(ここは天国??)


飛び下りた事を覚えていた私の頭に最初に過ったのは『ここは天国なのか?地獄なのか?』だった。


目をこすっていると、だんだんとぼやけていた視界の焦点が合ってきた。


辺りを見渡すと私が横たわっていた部屋はだいたい10帖くらいの大きさで、出入口は見当たらなかった。天井・壁・床の全部が真っ白だからだろうか??照明器具などは無いのに何故か部屋の中は明るかった。私の周りには他にも人が何名かいて、その中の誰かが大声を上げている、、という事だけは分かった。


「ここはいったいどこなんだろう??」


胸に手を当てて混乱していた気持ちを落ち着けていると


「目が覚めたようだね。お前さんがこの部屋の最後だね。」


若干しゃがれ気味で高めの女性の声がした。


私に話しかけたであろうその声は真後ろから聞こえてきたので、そちらに顔を向けると老婆が机に頬杖しながらこちらを見ていた。


その老婆は歴史の教科書で見たことがある明治時代の貴婦人のような装い(バッスルスタイル)をしていた。老婆と目を合わせてみると、吸い込まれるような、心の中を覗き見るような鋭い視線に感じられて怯んでしまった。


「おい!!!『だね。』じゃねえんだよ!!ばばあ!!さっさとここから出せってさっきから言ってんだろーが!!!!」


老婆の脇でがっちりとした体形の40代くらいに見える男性が喚き散らしているが、老婆は全く意に介さない表情で変わらずこちらを見続けていた。


その後も男性はもの凄い形相で喚き散らしているけど、両手はパントマイムのように空中を這わせて老婆の周りをグルグル回っていた。どうやら老婆との間には見えないガラスの壁のようなものが存在しているようだった。


「お前さん、自分の名前と生年月日は覚えているかい??」


老婆の声がこちらに届いているので、男性の声も老婆に届いているように思うけど、老婆は男性がいないものの様に続けて私に問いかけきた。


男性は「ぐぬぬ・・」と表情を歪めていた。


「あ、、は、はい。名前は麻倉 聖と言います。せいね「おい!!!無視してんじゃねー!!!!!!聞こえてんだろ?ばばあ!!!!」


再び大きな怒鳴り声を上げ始めたので、私は驚いて返答が中途半端になってしまった。怒声は止むことが無さそうだったので、私は返答を諦めてその男性に注目するとその顔をどこかで見たような気がして記憶を探ってみた。


「あれ?前にニュースで死刑が確定したって言ってた犯罪者だ。何でこんな所に・・。」


「そうなんだよ。なんでこんな死刑囚の男と同じ部屋にいなきゃならないんだろうね??」


思わず声に出してしまった私の言葉に同意をしてきた隣にいたその男性は、60代くらいで白髪交じりの髪をオールバックにするように片手でかき上げながら、いかにも嫌そうなしかめ面で死刑囚の男性を睨んでいた。


「そうですね。」


とりあえず私はそう相槌を打ったけど、気になって仕方がなかったのは男性が着ている服だった。上下真っ白なスウェットのような生地のTシャツとパンツといういで立ち・・・そして何のデザインも施されていない白いスニーカーを履いていた。周りを見渡すとこの部屋には老婆以外に10人くらいの人がいるみたいだったけど、自分も含め他の人も全員同じ服装だった。


(なんで同じ服??まるで囚人みたい、、、、あ!そう言えば私まだちゃんと質問に答えてないけど、この後どうすれば良いんだろう??)周囲を見ながらそんな事を考えていると、今度は女性の甲高い叫び声に思考を掻き消された。


「もういやぁぁぁぁあぁぁぁーーーーーーー!!!私死んだんじゃないの??なんでこんなところにいるの???いったい何時までここにいなきゃいけないの?」


全身をぶるぶると震わせて、イヤイヤと首を振りながらそう叫び終えると、今度は弾けるように壁に向かって走り出した。

その拍子に女性は後ろにいた老人と肩がぶつかってしまったため、老人は床に尻もちをついてしまった。


「あ!!おじいさん、大丈夫ですか??」


「ああ・・・お嬢ちゃん、すまないね。ありがとうよ。」


かなり高齢そうな老人は優しそうな笑みを浮かべ、慌てて駆け寄った私の手を取り起き上がると腰をトントンと叩き始めた。


女性はというと壁を何度も手のひらで叩きながら「いやぁぁぁぁ、出して、、ここから出してよーーーー!!!!」と泣き叫んでいた。私と同じくらいの年齢だろうか??ただ私とは正反対のタイプのように感じた。顔のメイクは夜の街で働いている人のように窺えた。


その他の人たちは、『我関せず』というような態度を取っている人もいれば、女性の泣き叫ぶ声に連動するように


「そうだ!!さっさとここから出せや!!」


「一体何なの!!ちゃんと説明して!!!!」と騒ぎ始めた人たちもいた。


老婆は悪化する部屋の状況を見ると大きくため息をつき、両目を閉じ、椅子にさらに深く体を沈めるのだった。


「これでは一向に話が進みませんね。」


呆れたように話始めたのは、すらっとした細身の男性でスクエアタイプの一般では見かけない高そうなメガネを掛けていた。ちょっとつり目でいかにもお金持ちのインテリ、、、みたいな顔つきをしている。(なんか、、見た目で判断してごめんなさい。)なんて思っていると、男性は少し下がっていたメガネを中指でくいっと上げ、口の片端を上げると両手を腰の後ろに組み、コツコツと老婆の前まで歩いていく。


「気狂いな事を話している人が何名かいますが・・・さて、あなたはいったい何の目的で私たちをここに集め、閉じ込めているのですか?これは誘拐及び監禁ですよ??歴とした犯罪です。あなたは自分のしていることが分かっているのですか??若しくは誰かに命令されて行っていることなのでしょうか??」


「ん?なんだいお前は、、、ああ!愚かだね。自分が死んだことを認めきれてないのかい。」


老婆は片目だけ開いて男性を見ると再び目を閉じた。

瞼をぴくぴくと5秒ほど痙攣させてからゆっくり両目を開けると「ああ、即死だったようだね。」とため息混じりにそう答えた。


男性は「愚か」という言葉に「は??」と明らかに苛立ちの反応を示していた。


「愚か???即死???この人は何を言っているんだ??」


そう言いながらぶるぶると顔を震わせ、こめかみに血管を浮き出し、顔を真っ赤にするといきなり言葉をまくしたて始めた。


「あなたはさっきから何をいっているんですか??また初対面の人間に向かって愚かとは・・明らかな侮辱だぞ!!!●※■▽×●◎□▲※■△×◎●※▽×●□※●■▽×●◎□▲※■△×●※●▽×●□・・・・・・・」


あまりの早口にいったい何を言っているのか上手く聞き取れなかったけど、何やら法律がどうのこうのと、専門用語を並び立てているので、検事とか弁護士の仕事をしている人なのだろうと思った。


(なんだか、さらに状況が悪化しちゃったなぁ・・)


老婆の右には相変わらず罵声を上げる死刑囚の男性、部屋の端には壁を叩きながら泣き叫ぶ女性、正面には早口でまくしたてる男性、、、その後ろで何人かが、ぎゃんぎゃんと怒声を上げている。


「まったくしょうがないね」と老婆呆れるように言うと、右手を影絵遊びのキツネのような形にして上げた・・・それを見て私は背筋が凍るようなゾクッとした感覚を抱いた。その瞬間


ガチャ


「え??」


老婆の後ろの壁がドア1枚分の大きさだけ開いた。


「ドアあるんだ・・・」突然の出来事に部屋は一時静寂になった。

隙間ひとつ見当たらなかった壁がいきなり開いたのだから当然と言えば当然に思えた。


部屋にいた全員(老婆以外)が開いたドアの方に注目していると


「なんだ、まだ終わってないのか??」


ドアからは高校生くらいの男の子(銀髪でネコ目がキュートなさわやかイケメン君だ!)が顔をのぞかせた。しかも執事の恰好をしていて少しテンションが上がってしまった。


「な、なんだてめーは!!!どうやって入ってきやがった!!俺をさっさとここから出せ!!!」


一時の静寂を破るように、死刑囚の男性が今度は男の子に向かって怒鳴り始めた。


老婆の座っているイスは回転式のようで、座りながら体をくるっと男の子の方に向けた。


「終わりどころか、始まりもしてないよ。相変わらずその恰好なんだね。」


「いいじゃないか。この格好が好きなんだから。僕の方は終わったけど、収集つかないんならもうここで始めたら??」


男の子も死刑囚の男はいないものの様に無視して老婆と話はじめる。さらに顔を赤くして男は二人に罵詈雑言を浴びせている。


しかしまた意に介さず老婆が


「今やろうとしてたとこさね。」


と言うと、私達に背をむけたまま先程と同じように右手を上げ、今度はキツネの形にした指を弾いて「パチン」と音を鳴らせた。






ズガガガガガガガガガガガガガガ!!!!!!!






いきなり銃の連射のような音が部屋に鳴り響く。


「きゃーーーーーーーー!!」

「おわっ!!」


隣にいた老人の体がいきなり激しく前後左右に踊るように動いた。

真っ白だったTシャツに黒い穴が無数に浮かび上がると、そこから一気に血が流れ始めた。

老人の目の前には銃どころか誰も立ってはいないのに、、


ガガガガガガガガ・・・・


銃声が鳴り止んだ・・・・ふらふらとよろめきながらも何とか立っていた老人は「がっ・・」と口から血を吐き白目になると「バタン!!」と前のめりに倒れた。


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