入らずの谷の話

OZさん

第1話

 むかしむかし、ある山奥の小さな村のはずれに大きな栗の木が生えていました。栗の木は、まだ村にやっと人が住み始めた頃には、もう見上げるような大木になっていて、夏には緑の木陰を、秋には豊かな実りを村人に与えたので、村人たちはその木をとても大切にしていました。

栗の木は村が大きくなるとともにどんどん枝葉を茂らせていき、まるで村を見守るようにそびえ立っていったので、村人たちは村の守り神だと言って、その木をますます大切にするようになりました。

 栗の木は村とともに何十年も変わらずにそびえ立っていたので、村人たちはいつしか栗の木がずっと村とともにあるものだと思いこんでいました。

 ところが、ある夏の夜恐ろしい嵐が村をおそい、栗の木が根元からまっぷたつに折れてしまったのです。

 村人たちは守り神がいなくなってしまったと言って嘆き悲しみ、実りの秋も近いというのに、何も手につかない有様でした。

 ある日、何人もの村人が変わり果てた栗の木の根方に集まっていると、そこに旅のお坊さんがやってきました。お坊さんは村人たちの様子を不思議に思って、何事かと聞いてみました。村人が事情を話すと、お坊さんはにっこりと笑いながら言いました。

「わしは千体の仏様を彫ると願をかけて、国中を旅しておる。もしよろしければ、この栗の木で、この村の守り本尊を作って差し上げるが、いかがかな。」

 村人たちは喜んで、うなずきました。するとお坊様は言いました。

「ただ、守り本尊を彫り上げるには日にちがかかるでの。その間の住まいと食事をお願いしたいが、よろしいかな。」

 小さな村のことですから、ろくな食事も出せません。村人たちは心配になりました。でも、お坊さんの言う食事とは、一日一杯のおかゆだけでした。そこで、相談の末、お坊さんにお願いすることになりました。

 お坊さんが、

「これだけの立派な木じゃ。仏像を作るだけではもったいない。余った分で、守り本尊をお納めする祠(ほこら)を作るとよいじゃろう。」

と言ったので、村人たちは栗の木を丸太にして、お坊さんのために一番よいところを差し出し、その残りで栗の木が生えていた場所に小さな祠を作ることにしました。

 

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