XGL〼

キクイチ

恋のおまじない

 夏休みのある日。

 学生、タキモト=アキトは、体育館でバスケ部の練習に参加していた。


 休憩時間。


 隣の女バスのコートをみると、以前から気になっていたウエノ=アユミが、仲良しのフルカワ=シオリとマツタニ=カエデの3人で楽しそうにおしゃべりをしていた。


 羨ましそうに眺めていたら、シオリと目があった気がした。


 練習が終了し、後片付けをして、制服に着替えたあと、アキトは帰宅しようと自転車置き場に向かおうとした。


 聞き覚えのある女子がアキトに声を掛ける。

「タキモト、ちょっといい?」

 声の主はフルカワ=シオリだった。


 フルカワ=シオリは、身長は女子の平均よりやや低めだ。髪は短く、とても中性的な印象を受ける子だった。バスケ好きだが、体格のこともあり、最近は女バスのマネージャーに転向していた。


 女子に話しかけられたアキトはドキドキしながら返答する。

「なに? 僕に何か用事?」


「アユミのことで相談があるんだ。

 ちょっと話したいから付き合ってくれる?」


 アユミの名前が出たことでアキトはさらに期待が膨らむ。

<ひょっとして……?>


 

 シオリは旧校舎の一室にアキトを案内した。

 そこには誰もいなかった。

「で、ウエノの事で用事って何?」


「タキモトってさ、アユミのこと好きなんだよね?」


 直球がきた。


「……」

 アキトが絶句した。


「だいじょうぶ、バレバレだから。正直に言ってよ」


「……うん、好きだよ」 

 

「やっぱりか。

 〝タキモト=アキトとウエノ=アユミ〟が、

 恋仲になれるように応援してあげよっか?」


「……え? 本当に? 嬉しいけどなんで?」


「前からずっと見てて、じれったかったんだよね。二人のこと」


「それって、ウエノも僕に気があるってこと?」


「かもね」


「脈があるならそうして欲しいけど……」


「でも条件があるの」


「条件?」


「いまさ、〝恋のおまじない〟にハマっててさ、その相手してくれる?

 タキモトにもご利益あるかもよ?」


「おまじないか、女子ってそういうの好きだよね。

 僕で良かったらいつでも手伝うよ」


「ほんと? ありがとー。じゃあさ、こっちきて」


 アキトは隣の部屋に案内された。

 そこには、魔法陣が書かれた大きな布がしかれ、

 その上に机が一つあり、机を挟んで向かい合うように椅子が2つ並べられていた。

 机の上には魔法陣が描かれ、四隅に蝋燭が立っていた。


「なんか、すごい本格的だね」


「うん。凝り性なんだ、私たち」


「たち?」

 アキトは質問した。


「ヤッホー、タキモト君。協力してくれてありがとね」

 部屋の隅には、制服姿のマツタニ=カエデの姿があった。


 マツタニ=カエデは、女子としては身長が高い方だ。髪が長く、いつも髪を結っている。彼女は、ウエノ=アユミと共に、女バスの主力選手をやっていた。


 カエデが仕切り出す。

「じゃ、さっそく始めよっか。

 タキモト君はこっちの椅子に座ってくれる?」


 アキトは指示通り、椅子に座る。

 シオリは、嬉しそうに向かいの席に座った。

 カエデは、机の横にたった。


 カエデが続ける。

「これから始めるね。

 タキモト君は、シオリが『タキモト=アキト』っていったら、

 続けて『フルカワ=シオリ』って言ってくれればいいからね」


 アキトが返す。

「わかった」


 カエデが深呼吸して真剣な表情になる。

 蝋燭に火を灯した。

 カエデが続ける。

「じゃ、魔法陣の上で、手を握ってくれる?」


 シオリが目を輝かせて手を出す。

 気恥ずかしかったが、アキトはシオリの手を握る。

 シオリの手はとても小さく華奢だった。


 カエデが続ける。

「Η σύμβαση είναι ανταλλαγή δύο ατόμων.

Παρακαλούμε να κηρύξει ένα νέο όνομα.」


 シオリがいう。

「タキモト=アキト」


 アキトがいう。

「フルカワ=シオリ」


 カエデがいう。

「Σύσταση σύμβασης.

Γιορτάστε μια νέα ζωή.」


 カエデが、そういった瞬間、アキトは気を失った。



 ……



「……オリ、シオリってば。そろそろ起きてよ」


<……あれ? 僕、寝ちゃってた?>


 シオリは旧校舎の一室で目を覚ます。


 カエデがシオリに話しかける。

「もう、起きるの遅いよ。

 タキモト君、帰っちゃったよ?」


 シオリは訳がわからず、返答する。

「え? どういうこと…… あれ!?」

 しおりの喉からは可愛らしい女子の声が発せられた。


 カエデが言う。

「びっくりした?」


 シオリが返す。

「これ……ええ? てか、何これ?」


 シオリは、自分の手を見て驚く。

 さっきまで握っていた華奢で小さなでが自分についていたのだ。

 しかも、女子の制服を着ている。

 体の感覚が違和感だらけだ。

 とても小さく、華奢になった気がした。

 

 カエデが嬉しそうに言う。

「二人は入れ替わったのよ」


「…………。どういうこと?」


「恋のおまじないが成功したの」


「それって、僕がフルカワになってるけど!!」


「いいのよ、それで。

 みんなの恋のおまじないが成功したの」


「意味がわからない」


「〝タキモト=アキトとウエノ=アユミ〟は無事、恋仲なったよ。

 さっき、タキモト君が、アユミに告って成功したの。

 協力してくれてありがとね。シオリ」


「そんな、僕がタキモト=アキトだよ!?」


「何言ってるの?

 貴女、どこからどうみてもフルカワ=シオリじゃない?

 だれも信じないからね?

 おかしなこと言ったら、みんなから虐められるよ?

 気をつけなよ、これからちゃんとシオリとして生きて行く準備しよう。

 シオリは、私の家に数日泊まり込むことになってるから、安心してね。

 女子のこと、しっかり教えてあげるから」


「ひどいよ、よくも騙したな!

 もとにもどせよ!」


「ひどくない。あともう元に戻せない。

 特殊な魔法陣は手に入らないから」

 

 シオリは部屋にあった魔法陣が綺麗に消えていることに気づいた。


「ほんとうに、もどれないの?

 僕が何したっていうのさ?」


 カエデが言う。

「戻れない。戻れたとしても戻させない。

 シオリは、女子であることが辛かった。

 しかもシオリは、アユミが好きだった。

 でも、アユミはタキモト君が好きだった。

 私は、タキモト君が気に入ってたけど、男子は苦手だったから、タキモト君が女子であってほしかった。

 だけど、タキモト君は、アユミが好きで、告白寸前だった」


「僕は悪くないじゃないか!」


「何言ってるの?

 アユミとシオリと私は親友でもあるんだからね。

 みんなが幸せになるのが一番じゃん。

 それを壊そうとしたのはタキモト君なんだから。

 やっと今、みんなが幸せになれる状況になったのよ?」


「訳わからないよ、どうしてくれるんだよ……」


「どうするって、決まってるじゃない。

 私が責任取るから、私の彼女になってよ。

 シオリは他の女子から嫌われてるから、私たちしか友達いないよ?

 もし私たちから離れたらひどいことになるからね?

 男子でも、女子の世界の大変さくらい噂で聞いたことあるでしょ?」


「それは……なんとなく聞いたことあるけど……」


「じゃ、決まり、やっと私の恋も報われる」


 そいうと、カエデは嬉しそうにシオリを立ち上がらせる。


 シオリは、いままで見下ろしていたカエデを見上げていることに、困惑した。


 カエデは両手で、シオリの頬を支え、甘い口づけをした。


 シオリは、諦めて、カエデを受け入れた。


 カエデが言う。

「ありがと、シオリ。大好きだよ。可愛い。大切にするからね」

 

 そしてもう一度、甘い口づけを交わした。



 ……



 シオリとカエデは、手を繋いで、カエデの家に向かっていた。


 シオリは、女子の体やスカートの感覚などに戸惑っていた。


 カエデが言う。

「大丈夫、すぐになれるから。

 そうだ一応言っておくね。

 前のシオリってさ、中性的だったでしょ?

 女の子の社会にも馴染めなくてさ。

 親が心配してたんだよね。

 それに運動神経抜群なんだけど体格に恵まれなくて悩んでたんだ。

 でね、入れ替われるってわかった途端に、マネージャーに転身して、タキモト君になる準備を初めて、親にもこれからはもっと女の子らしくなるって宣言して、そのレクチャーを受けるために、私の家に泊まり込みが決まったの。

 しおりの両親も喜んじゃってさ、中性的な服はみんな処分しちゃって、フェミニンな衣類を買い揃えちゃったの。部屋の雰囲気とか小物やバッグとか、パソコンやスマホのデザインとかも、私がアドバイスして女子っぽくしてあるから、観念して女子の世界に染まってね。今のシオリなら絶対できるから。私に任せてね」


 シオリが返す。

「……もう好きにしてよ」


 カエデが言う。

「もちろん好きにする。

 私の彼女だしね。

 大丈夫。今のシオリ、とっても可愛いから」


 すると、背後から男子の声がした。

「おっす、カエデ、シオリ」

 振り返ると、自転車にのった、アキトがいた


 アキトは、自転車から降りて、満足げにシオリを見下ろすと、

「この時間に女子だけじゃ、不安だろ? 僕が送って行くよ」

 そういった。


 シオリは何も言い返せなかった。

 体格が全然違うのだ。

 頭ひとつ半くらいの差があった。

 すごい威圧感だった。


 カエデが言う。

「ありがとね、タキモト君。いあアキト君のがいいか。

 いまや親友の彼氏だしね」


「うん、そうしてくれると嬉しい。

 僕も下の名前で呼び慣れてるしね」


 カエデが言う。

「で、アユミとはどうだった?」


 アキトが言う。

「うん、おかげさまでいい感じ。今家まで送ってきたところ」


 カエデが言う。

「キスとかしちゃった? 私たちは済ませたよ」


 アキトは言う。

「マジで? そっか、二人ともおめでとう。

 僕達はまだだよ。でも花火大火に誘ったからその時かな」


 カエデが言う。

「すっかり青春してるね。思い出になるよね。

 シオリ、うちらも花火見ながらしようね」


 シオリは何も言えない。


 アキトは言う。

「シオリは、カエデが言ってた通りだね。

 雰囲気が、かなり女子っぽくなったね」


 カエデが言う。

「でしょ? 人をみる目には自信があるからね、私。

 幸せになるから、応援してね。アキト君」


 アキトは言う。

「わかってる。カエデには感謝してもしきれない恩ができたからね」

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