短編小説 テーマ:「検閲」
千歳 一
本文
出版物に対する広範な検閲制度が定められてから、十年が経った。
小説はもちろん、雑誌や教科書、そして漫画。全ての内容は政府により調査され、そして削除された。街の書店や図書館は軒並み閉鎖し、出版業界はもはや風前の灯だった。
だが、俺はそんな制度を認めない。俺は漫画家としてこれまで三十の作品を描いてきた。だが、そのうち大幅な改変で出版されたのが三件、完全な発禁処分は二十七件だ。魂を削って描き上げた作品を「検閲済」の
俺は決意した、「誰にも検閲されない漫画」を描き上げる。しかしそんなことが可能なのだろうか。検閲されない漫画とは何だ?
恋愛漫画は「不純異性交遊」。バトル漫画は「暴力の助長」。ギャグ漫画は「思想の愚民化」。スポーツ漫画に至っては、「漫画で満足して運動習慣が減衰する」といった理由で流通が禁止されている。
俺は考え、悩み、葛藤した。政府の検閲官はセリフから効果音にまで修正命令を入れる。自分の想いを全て載せた漫画作品を出すには、どうすれば……。
数ヶ月後、閑散としていた書店に活気が戻った。「面白い漫画が出た」という噂は瞬く間に広がり、平台に積まれた本は数分で完売した。人々は大事に持ち帰った漫画の包装を破り、期待の面持ちでページを開いた。
その中身は、コマ割り以外全て白紙だった。何の文字も絵も描かれていない、真っ白な漫画。
だが人々は歓喜した。緻密なバランスで構成されたコマ割りから自分で物語を思い浮かべ、「自分だけの漫画」を楽しむことができる。「白紙の漫画」は一大ブームを起こしたのだ。
しかし、この流行を快く思わない者もあった。政府の検閲官だ。
「白紙のページで喜ぶなど、読書文化を知らない愚の骨頂である」。すぐさまそれらしい理由をでっち上げ、その漫画を規制した。
そして最後にこう付け足した。
「日常的に本を読まない者を処罰する」。
数年後、人で賑わう書店の前で、一人の男が笑って立っていた。
短編小説 テーマ:「検閲」 千歳 一 @Chitose_Hajime
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