春巻きは、なぜ春?

「もうすぐは~るですねぇ」

「え、古い」

 だいぶ暖かくなってきた昼下がり。いつも仕事は書斎でするけど天気がいいので日当たりのいいリビングにパソコンを持ってきて作業をしている。向かいの席ではこの4月に高校三年生になる娘が大学のパンフレットを広げていた。あれこれ見ながら歌っていたのが前述の歌である。

「今どきの高校生がどこでそんなレトロソング聞いてきたのよ」

「テレビの歌謡曲今昔みたいな番組」

「あー…なるほどね」

 娘の紺乃は引き続き歌いながらパラパラとパンフレットをめくっている。どうにも決め手がなくて悩んでいるようだ。

「ねえ母さんは大学どうやって決めたの」

「言葉を扱うのが好きだったから司書課程が取れて外国語と日本語の両方に力を入れてるところを探したわね」

「好きなことか」

「そうよ。私個人は大学は就職の準備ではなく勉強をしに行くところだと思ってるから、学びたいことを学べるところを選んだわね。でもそれだと親や先生を納得させられないから司書課程も取れるところにしたの」

 面倒だなあ、と早くも紺はぼやいている。そうなのよ。人生とは面倒なものなのよ。世の中面倒なことばかりだけど、それでもやりたいと思うことを目指さなくてはいけない。わたしから言えるのは「金は母ちゃんが稼いできてやんよ」ということくらいだ。

「わたしも司書課程は取ろうかなあ」

「いいんじゃない? 司書課程取っておいて損ないし。その中で学べる本に関する歴史やなんかもすごくおもしろかったし」

「そっかー」

 言いながら紺は司書課程を取れる学校のパンフレットをピックアップしている。動きが素早い辺り最初から考えてはいたのだろう。

「藍はどうするのかな」

「今度知り合いの大学に見学に行くって行ってたわね」

「うん。せっかくだからわたしも一緒に行くつもり」

「いいんじゃない。楽しんでおいでよ」

 紺は少しムッとしたような顔で黙り込んだ。分かりやすくて面白いなと思うけど笑ったら拗ねるので黙々と仕事を続ける。藍と紺は似ているところもあるし、似ていないところもある。けどお互いに張り合う部分があるのは同じだ。きっと藍が先に動いていることが悔しいのだろう。そこまで本人が意識しているかはわからないけど。

「わたしもがんばろ」

「ええ、がんばって」

 母から言えることはそれくらいだ。頑張って自分だけの将来をつかみなさい。

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