スタッドレス、ちゃんとノーマルに戻した?

 もうシーズンも終わりだから、タイヤも戻さないと。

 そんなセリフが聞こえたのは飛行場でのことだった。何のことかわからなくて首をかしげると先輩がそっと教えてくれる。

「スキーのシーズンが終わりだから車のタイヤをスタッドレスからノーマルに戻すってことだね」

「そうなんですか」

「今の人スキー用の帽子かぶってたからね」

 さすが。よく見てらっしゃる。わたしは自分の持ち場の掃除で手いっぱいだ。

 わたし浅井藍乃は今飛行場で清掃のバイトをしている。といっても短期のものでGWいっぱいまでの予定だ。やってみたら面白かったので続けたい気もするけど、いかんせんわたしはこれから高校三年生で受験生なのでそうもいかないのだ。

 そして一緒にいる先輩は井口白さん。院生で長くこのバイトをしているそうで、彼に教わりながら仕事を覚えているところだ。バイト歴が長いからか、彼は周りのことをよく見ている。さっきみたいに通りすがる人々の服装とか話している内容、場合によっては初対面の人の仕事や悩みなんかも当ててくるから怖い。でも話が面白いし視野が広いので一緒にいて楽しい人だ。

「浅井さんは志望校とか決めた?」

「いえ、まだ全然です。文系理系も決まらなくて」

「どちらが得意とかは?」

「理系科目の方が得意なんですけど英語が苦手で踏ん切りがつかなくて」

 なるほどね、と彼は穏やかに頷く。

「そういう時は取りたい資格とか、なりたい職業とか、興味のある学問とか、行った先で何をしたいかを考えるのがいいかもね。そもそも大学って目指す場所じゃなくて何かをしたくて、その通過点として行く場所だし」

「確かにそうですね。あれこれ考えてるとすぐ煮詰まっちゃって視野が狭くなっちゃって」

「それが分かってるなら大丈夫。自分で煮詰まってるって気づいたら引くようにしたらいいさ」

 柔らかい口調でそう言われるとそんな気がする。黙々と手を動かして汗をかいてるから思考がどんどんシンプルになってくし。

「ま、どうにも思いつかなかったら、ぼくでも他の人でも行ってる大学を見に行ったらいいよ」

 それもそうだ。

「じゃあ春休みが終わる前にどこか見に行かせてもらいます」

「それがいい」

 優しい表情に気が楽になるのが分かって、なんでわたしは仕事中にこんな緩んでるんだろうなと気を引き締めた。

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