今日の800文字
水谷なっぱ
野菜の苦みがおいしいんだよね。
「野菜の苦みがおいしいんだよね」
「それな」
歌原絵月は友人である桜がもぐもぐと咀嚼しながら言った言葉に同意した。そのことに気づくまで30年近く費やしてしまったけれど、そのことを残念に思ったりはしない。気づいたその時から、そのおいしい物たちを食卓に参加させればいいのだ。
「ゴーヤの天ぷら最高。揚げ物は塩で食べたい派だけどこれはつゆでもおいしい」
「てんつゆの甘さがゴーヤの苦さを際立たせてね、おいしいね」
絵月と桜はお互いの自宅近くの居酒屋にて夕ごはんを食べていた。場所は居酒屋であるが二人とも飲酒は避けているため本当にただの夕ごはんである。夏ということで香味野菜やゴーヤなど癖のある野菜が多くメニューにあがっている。
「ニラ玉を食べようかどうしようか」
「わたし、自分が作ったニラ玉以外をおいしいと思ったことないんだけど」
「じゃあ頼もう」
絵月が首をかしげている間に桜が素早く店員を捕まえて注文をする。併せて頼むのは二人そろってジンジャーエールだ。
「そもそもあまり外で食べないよね、ニラ玉」
「ああ、そうか。だから自分で作ったのが一番おいしいんだ」
「たぶんそうだよ」
そして運ばれてきたニラ玉はおいしかった。歯ごたえが残る程度に炒められたニラとフワフワの玉子。ほんのり苦いニラとまろやかな玉子、そしてあっさりとした塩コショウ。間違いない。おいしい。
「語彙が少ないから『おいしい』か『すごいおいしい』しか出てこないわ」
「いいことじゃん」
そうかも。絵月と桜は高校時代からの友人であるため修学旅行も一緒に行ったが、そこで出された郷土料理をクラスメイトが不味い不味いと残す中、絵月は一人で完食した。そして桜は引いていた。絵月の母親が料理下手のため、絵月は割と何でもおいしく食べられるのだ。
「大人になってから、ますます食べられるものが増えた気がする」
「大人になって舌が雑になるから何食べてもおいしいのよね」
「それはどうなんだ?」
「いいことじゃん」
「そうかなあ」
「そうだよ」
そうして二人の夕餉は続く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます