125 喧嘩

「おいっ! そのソファー幾らしたと思ってんだ!」


 そう言うと彼氏はソファーにうなだれる私の髪をぐいと引き上げた。頭皮を伝う痛みにたまらず立ち上がると拳がまた私の顔に飛んでくる。拳の勢いを受け止めきれず身体が、飛ぶ。


「ったくよぉ、何回俺を怒らせれば気が済むんだよ」


 床に身を預けたままの私を彼氏が踏みつける。腹部に激痛が走る。ただ、痛みが増すにつれ、何故か心が落ち着いていった。肉体の悲鳴を精神が拒み始めたからなのだろうか。脳みそを厚く覆っていた恐怖という感情はぼろぼろと音を立てながら剥がれ始めていた。それにしてもタバコの銘柄を間違えただけでどうしてここまで怒れるのだろうか……私には理解が出来なかった。どれを吸ったって一緒でしょうが。それにしてもおなかが空いたなあ。今日の夜は何食べようかな。


「おい、俺が帰ってくるまでにソファーを綺麗にしとけよ」


 夕食の献立を考えていたら、彼氏からそんな事を言われた。いつの間にか彼氏の暴力は収まっていたようだ。時計を見る。時間にして三十分程。まあいつも通りか。概ね良好。ソファーを見る。クリーム色のソファーに赤い染み。私の鼻血だ。綺麗にしないと。急がないと。



「疲れたから今日は外食だあ」


 ソファーはとても綺麗になったよ。染み一つないよ。彼氏が手伝ってくれたおかげだ。綺麗な赤いソファー。ありがとう彼氏。いひひ。

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