107 犯罪の香り

「……ここだな」


 刑事である俺はある人物を訪ねた。犯罪臭気判定師だ。あらゆる犯罪の匂いを嗅ぎ分ける事が出来るその人物は犯人逮捕や被害者の発見に多大な貢献をしてきた。また、体から微量に滲み出るも嗅ぎ取ることが出来るので重大な事件を何度も未然に防いできた。俺が生まれる前は日本国内に十名ほどいたらしいが一人、また一人と引退し今では一人しかいないそうだ。その人物も今年で引退すると聞いている。俺はその前にと、未解決である十年前の殺人事件の相談に出向いたのだ。証拠も全く見つかっていないその事件を解決できるのは犯罪臭気判定士しかいなかった。俺は玄関のドアを叩いた。


「……はい」


 中から出てきたのは六十も過ぎるばあさんだった。中に案内された俺は早速事件に関する資料や遺留品をばあさんに見せた。文字として書き起こしたものや写真からも臭いを嗅ぎ取れるのは今も昔もばあさん一人らしい。ばあさんは鼻をひくひくとさせゆっくりと俺の顔を覗いた。


「……ダメだわ。臭いが嗅ぎ取れないの。ごめんね」俺は食い下がる。

「どうしても嗅ぎ取れないのか?」

「ええ、昔はこうじゃなかったんだけど……ここ十年はほとんど役に立たなくなっちゃったの」ばあさんは苦笑いを浮かべていた。

「何度嗅いでも無理か?」

「……無理ね」


 一息置き、ばあさんは言葉を続ける。


「日本中に充満し過ぎているのよ。犯罪臭が」



 俺は礼を述べばあさんの家を後にした。未解決事件は暗礁に乗り上げたままだったが俺の気持ちは晴れ晴れとしていた。ばあさんも命拾いしたな。

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