081 立ち退き
「アパート取り壊すからさあ、出てってよ」
「はあ……」
大家の娘から受けた突然の通達に思わず気の抜けた返事が出てしまった。
「あのねぇ、ここに駐車場作んのよ。だからさぁ、居られると色々と困るんだわ」
「……はあ」
駅から歩いて十分と立地条件は申し分ない。ただ、築四十年は経つこのアパートは綺麗な箇所を探すのが困難な程ボロボロで新たに入居してくるやつなんかほとんどいなかった。アパートを経営するよりも潰して駐車場にした方が儲かるのだろう。
「分かった? じゃあ今週中に出てってね。じゃなかったら塩まいてでも追い出すからね」
「……はあ……」
大家の娘は言うだけ言うとアパートから出て行った。塩をまくって……およそ二十代の女から出てくる言葉か――そんな事をぼやきながらリビングに戻った。
俺はそのまま仰向けに寝転がりオンボロな天井を見つめた。このアパートに住み始めて十二年、思えば色んな事があった。彼女が初めてこの部屋に来たのは十年前だったろうか、彼女はとてもかわいく俺ではどうがんばっても分不相応だった。結婚したのは八年前、いわゆる出来婚ってやつで金も全然なかった彼女だがとても幸せそうだった。子供は彼女に似てとてもかわいかった。成長を見守るのがとても楽しみだった。そして……このアパートを去ったのは四年前の暮れだった。それから俺はこの部屋でずっと独りだった。
「しょうがない。次の部屋を探すか」
俺は意を決め立ち上がった。まとめる荷物もない俺はそのままアパートを出る事にしたのだ。
アパートの玄関には他の部屋のやつらが集まっていた。輪に混じり話を聞くと、皆今日中に出ていくとの事だった。
皆このアパートに長い事住んでいた仲間だった。それぞれの思い出を口にし一人、また一人と闇に紛れていった。最後に残った俺は、一度だけ部屋の方を振り返る。一瞬、電気も付かない部屋に明かりが灯った気がした。――あの夫婦と子供は今でも元気にしているのだろうか。
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