044 お勉強

 勉強をする為椅子に座ると隣の部屋から壁を叩く音が聞こえ始めた。


 ――姉だ。


 私は耳を塞ぐが、音は段々と大きくなるばかり。勉強に集中も出来ない。たまらず部屋の壁を何度も殴りつける。音が止むまで殴りつける。何度も何度も殴りつける。握りこぶしは血にまみれ壁には大きな穴がいくつも開いていたが構わない。姉が静かになるまで何度も殴りつけた。


 音が止みシャーペンを手に取ると、今度は視線を感じた。ドアの方を見ると隙間が少し開いている。暗い隙間から姉の目がぎょろりと二つ、こちらをじいと見つめていた。ニヤニヤした口元から溢れる唾液は無数の糸を紡ぎ床面を湿らせていた。


 気持ち悪い姉にカッとなった私は参考書を投げつけ、ドアを思いきり蹴とばした。何度も何度も蹴とばした。すると廊下から姉の笑い声が聞こえ始める。癪に障る甲高い笑い声は渦を巻き耳孔じこうの奥へと流れ込んだ。浸食した赤い笑い声が私の脳みそをぐちゅぐちゃとかき回す。たまらずドアを蹴り飛ばしシャーペンを腕に刺した。途端けたたましいサイレンが鳴り響き、浅紅あさべにに染まる脳漿のうしょうが耳からドロリと垂れる。ぼたりぼたりと落ち始めた脳漿は床を赤く染め足趾そくしの隙間はみるみる黒く澱んでいく。恐ろしくなった私はドアをそして蹴った。でもドアは開いていた。そうするとドアの前に、すると廊下がある。ですよね。あねは左の奥にいたが、いなかった。でもいたんですよ。それを分かるのは私じゃないです。毎日です。そこにママがいたんですひひひ。パパだったのです、一緒にいるのは。そう私は思いました。べんきょうは大きいんですね。毎日毎日大きいんですよ。だから私はがんばりました。わたしは十八歳なのです。あねですかね? それはがんばりです。がんばりりはわたしの一つです。大きいんです。よくよく考えれば簡単なことなんです。本当でです。それでわたしは勉強嫌いです。でも好きですよ。嫌いですけどね。ママですね、温かい。ひひ。むつかしいです。わたしは初枝はつえの名前です私です。でもそうなんでしょうね。十八歳です。勉強しましょょう。ひ勉強し。


ひ。

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