059 誘拐犯

「金は、ひゃ、百万用意しろ。場所は……」


 誘拐犯が金の受け渡し場所を伝えてきた。私は犯人の言葉を口で繰り返しながらメモを取る。


 息子が誘拐されたと妻から連絡があったのは今日の午後四時頃。昨日息子が帰ってこず、どうしたのかと二人で話していたのだ。急な展開に慌てて家へと帰り、タイミングよく犯人からの電話が入ったわけである。


 私は犯人から言われるがまま金の詰まったバッグを指定された駅のロッカーへ突っ込み、帰路に着いた。これで全てが上手くいく――そう思い期待していたのだが、その日犯人からの連絡はなかった。



 翌朝息子が家に帰ってきた。シャツには血がついているが息子に大きなケガはないようだ。青ざめ、俯く息子がゆっくりと口を開く。


「パパ……犯人を殺しちゃった」

「一体どうしたんだ?」

「お金……偽物だったでしょ? それで犯人が怒って……」

「そうか……でも、戻ってこれて何よりだな」


 息子はすぐに逮捕された。罪状は死体遺棄。殺人も概ね認めている。警察から聞いた話だとたまたま知り合った浮浪者と結託して私らから金を奪おうと思っていたらしいがバッグに入っている大量の紙の切れ端を見て言い争いになり殺してしまったそうだ。


 犯人とつながりがあるのは予想出来なかったが結果はまずまず良好だと言えよう。殺人罪が確定さえすれば少なくとも数年は刑務所で過ごすことになる。執行猶予も付かないはずだ。



「ねぇ、引っ越し先ですけど」妻がふいに話しかけてきた。「交通の便もよさそうですし、ここら辺はどうかしら?」妻が不動産のチラシを私に見せる。

「うむ……住むには良さそうだが家賃が高いんじゃないのか?」

「そうね、でも穀潰しがいなくなったじゃない」

「確かにそうだが、私らの貯金と収入だと厳しそうだな」

「そうかしら。二人ならきっと生活できると思いますわよ。ねぇ、おじいさん」

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