066 病気

 私は、息子に手をあげてしまった。


 顔をしわくちゃに歪めママ、ママと泣き叫ぶ息子に私は我に返り、ぎゅっと抱きしめた。


 息子はまだ五歳。妻がいなくなり男手ひとつで育てると決心した私だが事ある毎にママと口に出す息子へストレスを感じてしまっていた。同じ病気を持つ妻を失ったことにより更に追い詰められていたと思う。母親代わりに、と思って取った行動が完全に裏目に出てしまった。


 私は不甲斐ない父親だ。息子の気持ちを汲み取ってあげる事も出来ないダメな父親だ。これも全て私の病気のせいだ。病気が原因で体を壊してしまったせいだ。


 ――そうだ。やはり私は妻の代わりにはなれないのだ。優しく微笑む妻がいないとだめなのだ。妻だ、妻なのだ――息子には妻が必要なのだ。


 私はいてもたってもいられず妻との思い出の場所へ向かった。二人が出会ったあの場所へ。誰も知らない二人だけの秘密の場所、そして別れを決めたあの場所へ。



 星が瞬く夜だった。妻は静かに星空を見上げていた。妻の横に寝転がり一緒に星空を眺める。そして私は妻を包み込むようにそっと抱きしめた。


「一緒に家へ帰ろう」


 妻の頬へキスをする。妻の返事は要らない。きっと私の気持ちを理解してくれている事だろう。右手を地面にそっと下ろし、頭を持ち上げた私はその場を後にする。息子の待つ家へ帰るために。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る