013 歯は口ほどに物を言う

 作業要員が足りないとかで俺は工事長と二人で元請け会社の残土管理地に駆り出された。俺の会社はその会社の下請けで今は河川脇の道路工事を請け負っている。河川周りでの工事は盛り土が足りなくなる事が多く、他の工事で出た建設残土を盛り土に充てたりするのだ。元請け会社はかなりの大手で人が寄り付かない山間部に残土保管用の土地をいくつも所有している。のり面工事や盛り土は今回元請けが担当するとか言っていたのだがここに来て工期に遅れが見え始め、盛り土の運搬を急遽うちら二人で手伝うことになったのだ。


「いやぁ工事長、めっちゃ山の中でびっくりっすわ。こんなとこから土運ぶんすか?」

「元請けの指示なんだからしょうがないだろう。それにお前は助手席に乗ってるだけだから文句言うな」

「はいはい、皆が汗水垂らしてがんばってるのに僕はクーラーガンガン、スマホポチポチですからね。いやー太陽がまぶしくてヤバいっすねぇ」日差しは確かに強いが車内は暑くも何ともない。

「思ってもいない事を言うな。というか仕事中なんだから少しはスマホを自重しろ」

 雑談を適当に交わしているとショベルカーが荷台に土を載せ始めた。山奥に似つかわしくない機械音と共に荷台が徐々に重くなっていく。その時ふいに尿意を感じ始めた。

「……工事長。やばいっす。おしっこでそうです……」

「ああ? 車ん中でジュースばっか飲んでるからだろ。早くトイレ行ってこい」

「トイレの場所なんか分かんないっすよー」

「お前は小学生か。ほらっ、残土の脇にプレハブがあるだろ? あの裏にでも仮設トイレがあるんじゃないか?」

「……ちょっと行ってきます」

「……あんまきょろきょろすんなよ。俺が怒られるんだからな」

 工事長が話し終わると同時に助手席のドアを開け一目散にプレハブに向かった。確かに仮設トイレはプレハブの近くにある場合が多い。案の定プレハブと残土の山に隠れるように仮設トイレが一基設置してあった。


「あー、助かったー」

 残尿感が無くなるとともに俺の気持ちは軽くなる。トイレが終わり、手洗い場を探していた時、残土の山裾で何かが一瞬光った。

「ん? なんだ?」

 光った辺りに寄ってみると、残土に何か埋まっているようだ。よく見ると規則正しく並んだ小石のようなもの――瞬時その正体に気付いた俺は息を飲む。残土から露出していたのは人間と思われる歯の一部だったのだ。歯以外はほとんど埋まっており上あごか下あごかは判別できない。が、知識のない俺でも歯の特徴から人間の骨だと分かった。

 最初は興味も大きくまじまじと骨を観察していたが、次第に恐怖を感じ始め俺は手も洗わずにトラックに戻った。

「……」

「おかえり。トイレあったか?」

「ありましたよ。それと……大変なもの見ちゃいました……」

「きょろきょろするなっつってたろ。 ……で、何を見たんだ?」

「……人の骨です。土ん中から歯が見えてました」

「……あー、骨か、骨。お前、もしかして初めてか?」

「そりゃあ初めてっすよ! てか、工事長随分落ち着いてますね」

「そりゃあ何べんも見てるからな」

「えっ!? まじすか!?」

「嘘つく訳ねぇだろが。いいか? 今でこそ墓なんかは綺麗に整備されてるがな、昔なんて土を盛っただけの粗末な墓なんてのも沢山あったんだ。時代が移り変わって集落が廃村になるとその墓も一緒に朽ちていって自然の一部になっちまう。そこを俺らが工事だなんだ言って掘り返しちまえば人骨の一つや二つ出るのは当たり前だろう。それに今は平和なこの国だって百年近く前まで戦争をしてたんだ。葬られていない骨もまだまだ埋まってるだろうよ。まあ、普通は土壌調査をするもんだから、お前が見た骨は江戸時代より前の寒村地域の墓から出た、ちょっとした骨だろうな」

 いつもより饒舌な工事長の話を聞き、段々と冷静さを取り戻してきた。確かに日本には大昔から人が住んでいる。自分が住んでる街だって高々十年程でもだいぶ様変わりをした。忘れ去られた骨、というのはかわいそうな気がするが工事の副産物にせよこうやって再び人の目にさらされ埋葬され直すことは骨にとってもありがたい話なのではないだろうか。

「まあ、ともかく骨を見つけたことは俺から元請けにしゃべっとく。お前は発見者なんだから今日の夕方一人でこの場所にこい。元請けから色々と聞かれるはずだからよ」

「分かりました」

「それと、この話は誰にもしゃべるなよ? 俺は慣れてるとはいえ気味悪がるやつもいると思うからよ。絶対だぞ絶対」

 そういいながら工事長はニヤリと笑った。丁度残土も積み終え、工場長はギアをローに入れる。現場を後にする俺と工事長。心にくすぶっていた恐怖はもう既に消え去っていた。


 太陽はまだ高く、トラックの中にまで強烈な日差しを浴びせてくる。窓枠に肘をかけながら、ふと、骨を思い出した。僕に発見されたあの骨は、今も掘り出してくれる人間を待ちわび自己主張を続けているだろうか。あの銀歯を光らせて……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る