008 ソロキャンプ
ソロキャンパーとしてデビューし早三年、俺は今日も一人でキャンプ生活を満喫していた。とは言っても外は既に暗闇だし、これといった活動も出来ないので後は寝るだけである。厚めの寝袋で身を包みランタンの灯りをそっと消す。過酷な環境にはなるがそれを楽しむのがベテランキャンパーと言うものだ。
「こんばんは」
――どの位寝たのだろうか。不意に女らしき声が聞こえたので薄っすらと片目を開けた。そのまま声が聞こえる方へ顔を傾けてみるとコットン生地のテントシートが淡く照らされているのが見える。テントの外に誰かいるのか――突然の来訪者にすっかり目が覚め身を固くしていると女が言葉を続けた。
「夜中にすいません。えっと……ちょっと助けてほしくて」
「……どうしたんですか?」
「友達のランタンが故障しちゃったんです。予備があればお借りしたいなと思いまして」
「ああ。それなら一個ありますんで私のでよければお貸ししますよ」
「本当ですか。ありがとうございます。では早速お借りしますね」
シートに映る灯りが動き始める。今気づいたのだが女が立っていた位置はテントの背面側だった。フライシートをびっちりと固めたテントだったので正面が分からなかったのだろう。女はテントの外装に沿ってゆっくりと移動し始めた。
……ふと、何か、違和感を感じた。音すら寝静まった真夜中、シートに淡く映る灯りを目で追いながらぼんやりとその違和感について考える。そのまま静かに入口側へ辿り着いた女はそっと俺に話しかけてきた。
「すいません。早くお借りしたいので開けてもらえますか?」
「えっ、ああ、今開けま……」ジッパーに手をかける寸前……違和感の正体に気付いてしまった。こいつは絶対に人間じゃない――途端激しい恐怖が全身を包み、心音が大きく波立った。
「あの……お願いです。開けてもらえますか?」寝袋に潜り込み、震える口元を両手で抑え息を押し殺す。
「……どうしたんですか?」
「……ねぇ?」
「……」
「あけろよ」
女の声が深く澱む無機質な声へと変わっていく。
「あけろよあけろよあけろよあけろよあけろよあけろよあけろよあけろよあけろよあけろあけろあけあけあけあけけけけけけぇええええええ」
変声器を使ったような声は寝袋に潜り込んだ私の頭へ直に響いた。それに合わせテントが激しく揺れる。
もはや何もすることは叶わなかった。その後もテントは揺さぶられ続け、俺はただただ寝袋の中でガタガタと震え続けていた。
恐怖に震えながらもいつの間にか俺は気を失っていたようだ。気付くとテントの外は明るくなっていた。恐る恐るテントから顔を出してみたが誰もいない。あの夜俺が女を招き入れていたらどうなっていたのだろうか。俺は荷物も持たず、積もる雪を踏み鳴らしながら車へと急いで戻った。
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