006 世界は俺のもの

 ふと……目の前のトラックに触れてみた。


「……止まってる」


 自分目がけて突っ込んできたトラックは何故か寸でのところで止まっている。急ブレーキをかけたのだろうか。運転席に目をやると運転手が斜め下を見ながら固まっていた。恐る恐る視線の先を探る。視線は手元のスマホに注がれていた。ゲーム中だったらしいスマホの画面は完全に停止していた。


「一体どうしたんだ?」


 そういえば、市街地だというのに物音ひとつ聞こえてこない。辺りを見渡し、段々とその異変に気付き始める。――全てのものが止まっているのだ。行き交うはずの車は全て路上で止まっており道行く人も皆今にも動き出しそうな格好で静止している。歩道脇の花壇に水をやるおばちゃんのジョウロ先からは綺麗なアーチが描き出され空中に水しぶきを纏わせていた。ふいに空を見上げればカラスが一羽浮かんでいた。


 どうしてこうなったかは理解できなかった。ただ、自分が事故にあう直前に時間が止まったようだ。自分だけが取り残された。いや、自分以外が時間に取り残されたのかもしれない。


「……まぁ良くわかんねぇけど、これってめちゃくちゃ自由ってことだよな」


 時間の止め方も進め方も分からないが今この世界は俺一人のものだということは理解できる。こうなれば勉強をする必要も仕事をする必要もない。食べ物は好きなだけ食べられるし、どこで寝泊まりしようが咎められることはない。漫画も読み放題だしゲーセンも独り占めだ。ゲーセンのお金は……そうだ、止まってる人間からいただこう。ああ、そうか……漫画の続きが読めなくなるのか。残念だがそれ位は我慢するか。とにかく自由が待っているのだ。


「よし、こうなりゃ遊びまくるぜ! とりあえずコンビニで腹ごしらえだ!」


 全てのものが固まった世界で俺は楽しく暮らすことを決意した。

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