ポピーの眠り

雨森 無花

pro.



ㅤ夢の中で何かを食べる時、決まって同じ味がする。


ㅤ極限まで圧縮された繊維の塊、強いて言うならまるで断熱材を食むような食感と共に、広がる苦みとエグ味。これはあれだ、幼い頃に幼稚園に生えていたよく分からない豆を房ごとかじってみたときの味に似ている。確かあの豆、あまりの不味さに驚いて口から吐き出したら、噛んだ跡から小さな幼虫が出てきて——

「おぇっ」

ㅤ嫌なことを思い出した。その瞬間に映像も感情もあの風味もリアルに蘇って、ぞわぞわと競り上がってくる悪寒に弾かれるように飛び起きた。口の中に有り得ないはずの苦みが張り付いている気がする。反動でつったのか左足が鈍く痛んで不快さを増す。

「わ、なに。どしたの」

 隣でスマホをいじっていたらしいさくらが、寝転がったまま首だけひねってこちらを見上げていた。目が覚めてまだ間もないのか寝癖がそのままで、眠気混じりのうるんだ瞳を向ける。その姿を見ると、沸き上がった嫌悪感は一瞬で萎み、わたしはへなへなとベッドに倒れ込んだ。

「変な夢でも見た?」

 さくらが身体ごとこちらに向き直り、顔を覗き込んでくる。

「いや別に……わたし布団でも食べてた?」

「知らない。見てなかった。なにそれ布団食べる夢だったの?」

 きょとん、と首を傾げるさくら。不思議そうな顔をする時、決まって唇が突き出ている。ちょっとあざとい気もするけど、そういう表情が可愛くて好き。

「そうじゃないけど。あーあ、もう少しでピザが食べられたのになぁ」

 おどけつつも不貞腐れながら、さくらの肩に右腕をまわして抱きつき、日焼けを知らないような白い首に顔を埋める。

「葉子は夢の中でまでずっと食べてるの? さすがだなぁ」

 呆れたように言うが、さくらの声は笑っている。


 彼女の髪から、自分と同じシャンプーの香りがすることに満足する朝。

 無防備にめくれたさくらのパジャマの裾から手を忍ばせて子供みたいななだらかな丘を愛撫すると、もう、と手首をたたいてたしなめられる。照れているだけ、けれどしつこくすると怒るのは知っているから、代わりに首筋へそっと唇を寄せ、この愛しさを吹き込むように吐息する。



 5年生の2学期という小学校の思い出作りにはかなり不向きな時期に、さくらは親の離婚を理由に転校してきた。


当時、あまり会話が得意ではなかったことと、周りへの頓着が薄いことが相まって、彼女は自発的に友達を作るということをしなかった。特に目立つような特徴もない、大人しそうな女の子。言葉少ない転入生にクラスの野次馬達は3日で飽きて、その後は大抵ひとりでぽーっとしている姿が妙に気になった。ひとりで声をかける勇気の無いわたしが、友達に相談して一緒に遊びに誘ったのは転入から一週間経った頃。



 あれから15年の歳月が流れた。あのみんなの絆が随分完成に近づいていた教室で、ひとり佇んでいた少女は、あの頃のあどけなさを残したまま大人になり、今わたしの隣にいる。


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