第31話 未だ一人では向き合えず

 

「水瀬これ七番テーブルさんにカフェオレとパイナップルジュースを頼む」


 球技大会が次の日に控えた夕方。

 キッチンで作ったドリンクを俺はカウンターに置き、水瀬を呼ぶ。


「はーい。じゃあ失礼しますね」


「頑張ってねぇ〜」


「アハハ、頑張ります」


 水瀬は俺に返事を返し世間話をしていたおばあさんに断りを入れ、ポニーテールをゆらゆらと揺らしながらドリンクを取りに戻ってきた。


「えっと、七番さんでカフェオレとパイナップルジュースで良かったよね?」


 自分の記憶が間違っていないか心配なため、水瀬は不安そうな表情で俺の様子を伺う。


「あぁ、合っているぞ。溢さないように気をつけてな」


 いくら水瀬が優秀だとはいえ、本日が二度目の出勤。

 初日に比べれば幾分か緊張がほぐれているが、まだ自信を持てていないようだ。

 そのため、水瀬は自分の仕事が合っているかを不安になる度こうやって俺に確認しにきている。

 水瀬のその姿に俺は昔ここで働き始めた時の自分と重ね、こんな時期が自分にもあったなと微笑ましくなり、優しい言葉を投げかける。


「うん。じゃあ行ってくるね」


 俺から合っていると言われた水瀬は安堵の息をついた後、お盆を両手で持ちドリンクを待ちお客さんがいる七番テーブルに向かった。


「ママ〜これ見て」


「上手に描けてるわね」


「本当に上手に描けてますね。凄い。これだけ上手だったら将来は有名な画家になれるかも」


 七番テーブルに座りお絵描きをしていた女の子の絵が完成したところで、水瀬は女の子の絵を褒めて自然な形で会話に入り込む。


「ほんとう〜?」


「本当本当。お姉ちゃん学校で絵が上手って言われてるけど貴方の絵には敵わないもん」


「だって〜、ママ〜わたしすごいんだって」


「褒められて良かったわね」


 女の子は絵を褒められて気分が良くなり、エヘヘと笑みを浮かべる。母親も自分の娘が嬉しそうにしているのを見てつられて笑う。


「じゃあ、凄い絵を描いた貴方にご褒美をあげよう。ジャジャーンパイナップルジュース!はい、どうぞ」


「うわーい!」


「私にはご褒美はないのかしら?」


「勿論ありますよ。お母様には毎日家の家事を頑張っているご褒美にこちらのカフェオレをどうぞ」


 水瀬は話の流れを上手く誘導し、注文されたドリンクを笑顔で手渡した。


(接客本当に上手いな)


 水瀬のやりとりを見て俺は心の中で称賛した。

 バイトを初めてすぐの人はお客さんとの距離感の測り方が分からず、必要最低限のことだけを伝え商品を渡し離れることが多い。

 別にそれが不正解だとは思わないし、時と場合によってはそれが最善の時だって必ずある。

 だが、個人経営のお店は常連客無くして成り立たないためホールに回されると、お客さんとコミュニケーションを取るよう言われる。

 初対面の相手と会話をして仲を深めるなど、普通出来ないため大抵の人が無理ゲーと言うだろうが、水瀬はお客さんがどんな対応をして欲しいのかの見極め、会話に入り込むのが異常に上手い。だから、そんな不満は一切漏らさず楽しそうに接客している。

 店長が天性の才能だと言っていたが、あれは一切誇張なしだったことを今更ながら理解した。


「湊川君ダルガナコーヒーとミルクティーを一つずつお願い」


「了解」


 新しく入った注文を伝えるべく近くに来た水瀬を見て、俺は先輩として頑張らないとなと気合を入れる。

 そして、注文のドリンクを作るため、棚に置かれている耐熱カップ二つに手を伸ばすのだった。






「今日の私どうだったかな?湊川君から見て」


 バイト終わりの暗い道を歩きながら、水瀬が今日の働きぶりはどうだったか聞いてくる。


「素直に接客上手いなって思った。もう俺よりも上手いんじゃないかって思うくらいに」


「お世辞は良いから。たった二日で湊川君に追いつけるわけないよ」


 軽い口調で言ったせいか俺の称賛を水瀬はお世辞と受けとり、自分を卑下しつつも尊敬の眼差しをこちらに向けてきた。


「俺を過大評価しすぎじゃないか?」


「過大評価なんてしてないよ。私にとって湊川君はとっても凄い人だもん」


 身の丈に合わない評価をされていることに俺はむず痒い気持ちになり、そんなことないだろうと水瀬に告げた。が、そんなものはバッサリ切り捨てられ先程と変わらない眼差しを向けてくる。


「プレッシャーかけるなよ。そんな過大評価されたら明日の球技大会に活躍しないとって不安になるだろが」


「応援絶対に行くから頑張ってね」


「明日休もうかな〜」


 そんなに期待されてしまってはミスした時の恥ずかしさがヤバそうなので、本気で明日休もうか思案する。


「だ、だめだよ、ずる休みは。……湊川君には明日応援してもらわないと困る」


 水瀬は慌てたように、俺の裾を掴みか細い声を漏らす。


「何でだよ?」


 水瀬にとって俺という存在は、そこまで依存されるような人間ではないはずだ。

 なのに、何故そこまで俺に来て欲しがるのか分からない。

 何か理由があるのかと、水瀬に問いかける。

 彼女は自分を責めるような顔をした後、ポツリと小さく呟いた。


「明日、なっちゃんと試合するから」


「そういうことか…分かった何試合目だ?」


「明日の初戦」


 確かバレーの試合は九時からで、サッカーの試合は九時十五分からだったから十分位なら応援できるだろう。

 俺は必ず行くと伝えると、水瀬は俯いたまま小さく


「ごめんね」


と謝った。

 その声は俺の耳を通り抜けた後、夜の闇に溶けていった。







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