第5話 少年は自身の無力さを嘆く
俺と水瀬は連絡先を交換した後、それぞれ家の方角が違うためそこで解散となった。
家までの距離は徒歩十分くらいで、学校に行く時みたいにイヤホンをつける。が、音楽を聞きながら歩く気分になれず、ポッケに手を入れたまま寒さに耐えながら歩く。
その間に、いくつかのカップルを見かけたが別に何とも思わなかった。
いや、正確には思うところはあるが彼らに当たったところで何にもならないと分かっているから。
俺はカップルの方を見ないよう、雪によって真っ白になった山をぼーっと眺めながら家に向かった。
家に帰ると母さんが、お風呂を沸かしてくれていたので、今日使っていた服を全部洗濯籠の中にぶち込み、自分の部屋から寝巻きと下着、タオルを取って浴室に向かった。
そして、服を脱いだ時ガラスに写る自分を何となしに見た。
(俺本当に、マンガの世界に来たんだな)
と、再認識したと同時に俺は不快感を感じていた。今まで感じたことのない自分が自分ではないような感覚。
自分が湊川 奏であることを疑ったことなど今まで無かったが、前世の記憶が流れ込んだことで本当に自分が湊川 奏なのか分からなくなったからだ。
俺はその不快感はいずれ治るだろうと、無理矢理自分に言い聞かせ思考を打ち切り、お湯をか頭からかぶった。身体を一通りボディソープとシャンプーで洗い終え、俺は湯船に浸かる。
「ふぅ〜」
湯に浸かると一気に身体の力が抜け、リラックスしていくのが分かる。俺は足を伸ばしきり、身体を浴槽に預けた。
(俺は、今日水瀬の役に立てただろうか?)
今日の行動を振り返り、水瀬が泣いていた時に比べれば少し元気になったのは分かった。けれど、それは俺に気を遣わせまいと気丈に振る舞っていたのではないか?
彼女の性格的に悩みを人に見せるのを嫌うため、あり得ない話ではない。作中でも、悩み事を相談する場面は殆どなく、それを話す時は事が露見したタイミングくらいである。
彼女の本物の笑みを知っている俺からすると、最後の大笑いも何処か演技じみていると感じてしまう。
かと言っても、現状俺と水瀬の関係はたまに話すクラスメイト程度である。そのため、俺が何を言っても彼女の心に響くことはないだろう。
「はぁ〜、失恋に関しては時間をかけて本人が解決するものだし、俺が焦ってもしょうがないか。出来るのは水瀬がこれ以上辛い思いをしないように動くことくらいだ」
俺は自分自身にそう言い聞かせ浴室を出る。
身体をバスタオルで拭き、下着と寝巻きを着た俺は洗濯籠の上に置いていたスマホを手に取ると、水瀬からメッセージがニ通あった。
内容は、俺が水瀬のことを気遣って何故泣いていたのかを聞かずにいてくれたこと、カフェで出した飲み物とデザートを奢ってくれたことを感謝しているというものと、学校で会う時までにはいつも通りに戻るから心配しないでというものだった。
「…何が心配するなだよ。あんな顔をしてる奴が、たかがニ週間で立ち直れるわけないだろうが」
吐き捨てるように俺は言葉を漏らしたが、こんなことを当然メッセージで送れるはずもなく、
『なんかあったらまた店に来いよ』
と無難に返しておいた。
ここで、もっと気の利いた言葉を投げかける事が出来ない自分に、腹が立ち俺はスマホを強く握りしめのだった。
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