「境内で見た白いカゲ」

 幽霊の正体見たり枯れ尾花、とはよく言ったものですが、見間違えというのは誰にでも経験あることだと思います。

 私においても例にもれず様々なモノを見間違えてきました。

 暗がりの奥にこちらを見つめている人がいると恐怖して確かめに行ったのならば、そこに選挙ポスターが貼りつけられていただとか。視界の端にゴールデンレトリバーを見たと感じて二度見すると、茶色い毛布が道端に丸めこまれていただけだったりだとか。具体例をあげると枚挙にいとまがありません。

 そんな誰にでも起こりうるエピソードの中に一つだけ、何をどう見間違えたのかが不明な出来事があります。

 それが今回のお話となります。


 当時、私は短期アルバイトとして神社で働いていました。男手として門松の作成を手伝ったり、参拝客の誘導整理を行ったりと忙しく動きまわっていたのですが、そんな中で大机を運んでくれというお達しがありました。

 その机は本当に大きくて、そして重たい。

 それを別の建物へと数人がかりで運んでいくと言います。

 どっこいせと掛け声をあげて、机は持ち上がります。そしてゆっくりと歩を進めていく。机の角をぶつけてしまわぬよう、建物の敷居や段差に足を取られてこけてしまわぬよう、えっちらおっちらと少しずつ。そのようにして注意して進んでいくと、視界がひらけました。


 玄関から屋外へと出たのです。


 その日はからりとした快晴で、青空が建物の上に拡がっているのが印象的でした。その神社は小高い丘の上に建てられているために、奥先には下界にある街々の様子を見ることもできます。そしてそんな光景の端に一人の人物が立っていることに気づきました。

 

 ――あ、○○さんだ。なにしてるんだろ。あんな所で、しかもあんな恰好で。

 

 私は何ら気負うこともなく思いました。

 彼が立っているのは周囲に何かしらもなく、立ち止まる必要はない所でした。理由があるとしたら開けた眺望をみるぐらいでしょうが、彼の視線は街の方にはなく、ジッとこちらの様子を窺っているようであります。アルバイト達の仕事ぶりを監視でもしているのだろうか。そのように不思議に思いましたが、大机から注意を逸らすわけにもいかないため、私は顔を行先ゆくさきへと戻しました。

 すると先の方から一人の人物がやってくるのです。

 その人は○○さんでした。


「へ?」


 と、素っ頓狂な声が出たことを覚えております。

 ○○さんというのは、その神社の神職さんで偉い人です。関わり合いはあまりありませんでしたが、彼が儀式装束に身を包み、荘厳な気配で歩く様子は見知っています。そして先程に見た人物をどうして彼と見間違えたのかというと、あれほどに仰々しい装束に身を包んでいるのを、神事の際の彼でしか見たことがなかったためです。


 私は慌てて振り返りました。

 そこには誰の姿もありませんでした。


 その後、仕事の折を見て、人影を目撃した場所へと確認しに行きましたが異常はありません。白装束の人物に見間違えそうな物もありません。

 これは不思議なこともあるものだと首を傾げましたが、あまり気にしないことにしました。

 よしんば私が何かしらの見えないモノを見たのだとしても、それはありがたい御姿を拝見させてもらったのだと、そう思うことにしたからです。そう考えると、怪奇といえる現象もかけがえのない体験に感じられます。 

 快晴の空の下で境内からの眺望をとらえつつ、私は思いました。


 きっとこんな風に、街々の景色を楽しんでいらっしゃったのだろうなと。

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