第231話 貴方に守られて

「ほらよ! 逃げたらどうなるか分かるよなぁ!?」


 目の前で行われる光景は酷いものだ。私を守るために殴られ続けたシャバーニは今も攻撃を受けている。

 この場から私が彼の言う通りに逃げたら……。その後を考えるのが怖い。


「口だけだと思うなよ……。まぁ手を下すのは俺じゃない。おい!」


 そう言うと何かが投げられた。何かまでは分からない。だけどその投げられたら物が来た方向を見ると人がいた。

 木の上に足をかけてこちらを見下ろすのはローブを着た人物だ。今の行動が行われるまでその場にいる事が分からなかった。ただ、その姿には見覚えがあった。


「貴方……前に……」

「記憶力がいいですねぇ」


 学院で襲ってきたやつはこいつだ。ローブの色は違えど、靴の形などは見覚えがある。


「あの時の騒ぎも貴方だったのね」

「私は彼に任せただけだったんですがね。いい仕事をしてくれましたよ本当に」


 木の上の男はナイフをこちらに見せつけるように構えた。


「人にやらせるばかりで貴方は卑怯者ね」

「これも力ですよ。汚い仕事は彼の役目だ。さて、どうしましょうかフランソワ様?」


 選択の余地はない。ここで誘いを断ればシャバーニがどうなるかは容易に想像できる。今の彼にこの場をひっくり返す程の力は残っていない筈だから。


「もうやめて。それ以上は……」

「ここでこの男を殺して、貴方も少し傷ついてもらい、私が貴方を助ける。そう言う方法も良さそうですね。いい思いつきじゃないですか」

「やめて!」


 私の声は届いている筈なのに楽しそうに話すウェルズは思い出したかのようにシャバーニに蹴りを入れる。

 絡め取られていたかのようにその場から動かなかった足がついに動いた。そしてシャバーニに駆け寄る。近くで見ると傷が遠目で見るよりも圧倒的に多い。息はしている。けど彼の口にする言葉は耳元じゃないと聞こえない程に弱々しい。


「貴方の要求は飲むから……これ以上はやめて下さい」


 私に言える言葉はそれしかなかった。


「だけど、今日は彼の治療をさせてください。お願い。もう私はそれしかしないから。もう助けを期待しないから。私から彼に誰にも何も言わないようにしてもらうからお願いします」

「大事な貴方のお願いだ。騎士としてちゃんと聞き入れないと行けませんね。では次の交流会ではお願いできますね。ちゃんと」

「分かりました。だから今日は……」


 ウェルズは木の上の男に向かって手で下がるように指示した。


「楽しみですね」


 そう言ってその場から去っていく。残されたのは私とシャバーニだけ。


「すみません……でも、私がなんとかしますから……」


 耳を近づけて弱々しい言葉を聞く。こんな状況でも貴方は誰かの心配をしているのか。それが不安だ。


「アリス様にも……相談……して……みて」

「さっきの言葉聞こえていたでしょ。いいの。気にしないで、これ以上何かして貴方だけじゃない、誰かに迷惑が掛かるのが嫌だから。お願い誰にも言わないで。貴方には悪いけどその怪我は階段からでも落ちた事にしておいて」

「でも……」

「お願い。誰かに言ったらそれこそ私は貴方を許さない」


 シャバーニは何も言わなくなった。さっきと比べて少し呼吸が落ち着いてきた。痛そうだけど今の所外傷はあまりない。ただすぐに内出血なんかの跡が出てきそうだ。


「ありがとう。貴方が守ってくれて私は夢でも見ていたかのようだったわ」

「守れて……いません……」


 シャバーニの震える声に釣られて私まで声が震えてしまう。


「本当にありがとう。そしてごめんなさい」

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