第162話 天秤にかけた選択

「そんな事ないわ!」


 ヤンの言葉を否定する。


「オーランだって分かってくれるはずよ」

「それは如何だろうな。このままこっちに潜り込む作戦かも知れないぜ」

「そんな事ない! だって彼は……私が近衛騎士にしたいのよ!」


 自分でも分かってる、この返しは何の説得力もない、ただの私の願望で我儘でしかない。


「お嬢、俺はあんたの何だ?」

「私の……近衛騎士」

「あぁ、そうだ。あんたを守るために体を張る近衛騎士だ。その立場から言わせてもらう、俺はそいつを信用出来ねぇ。あんたを狙った奴をそばに置くなんて信じられねぇな」


 ヤンの言葉は正しい……と思う。私の近衛騎士としての判断は間違っていない。


「ただ、俺がどうこう言ったって仕方ねぇのも事実だ。近衛騎士にするかしないかはお嬢次第……だから言わせてもらう、そいつを近衛騎士にするなら俺はあんたの近衛騎士を辞めさせてもらう」


 衝撃的な一言は私を動揺させるには充分過ぎた。

 ヤンを見る私の目は霞んで見えた、喉の奥が熱くなる。何かを言おうとしても言葉が出なかった。

 いや、違う。言葉を出せば何か別の感情が表に出てきそうだった。


「どうする? 両方はねぇ。どっちかだ」


 選べるはずがない。どうにかしてこの場を丸く収めてヤンを説得して、オーランも今の主人から私に仕えて貰えるような案はないかをぐちゃぐちゃな頭の中で必死に模索する。


「それには及ばない」


 オーランが答えた。


「あんた達の勝ちさ。認めるしかない……ただ、ここで捕まるわけには行かない」


 オーランが立ち上がりユリの方向に向けて走り出す。

 私が慌てて彼をこの場に留めたくて伸ばした手は宙を切った。


「そっち行ったぞ。捕まえろ」


 ヤンの声にユリは頷いて腰の剣に手をかける。

 道は広くない、だからオーランはユリへと正面からぶつかりに行く。


「女だからと言って侮らないでくださいよ!」


 ユリが腰に掛けた剣を抜いて縦に構える。

 横には振り抜きにくい空間で、すれ違う程の余裕がないこの場所での1番効率的な構えだと私でも分かる。

 それでもオーランの速度は落ちない。むしろ勢いが乗って速度が増した。


「脅しじゃないですよ!」


 ユリの剣はオーラン目掛けて振り下ろされた。

 剣先はオーランの頭ではなく、体より先にある足へと向かっている。

 殺すための一撃じゃなく、止めるための一撃。

 だけど、その一撃は空を切った。剣の振り下ろされた先には誰もいない。

 オーランは走る勢いで壁を蹴ってユリの横をすり抜けていた。まるでサーカスに出てくる人のような動きだ。

 振り下ろした剣をオーランへと向けてももう遅い、そこには誰もいない。それどころか通路も広くないからユリの肘だけがオーランのいた場所へと向けられていた。


「くそっ!」


 ユリの叫びが出る頃にはオーランはユリの背後に着地して、減速もろくにしないまま、走り抜けて、曲がり角を曲がって姿が見えなくなっていた。


「もういい! 追っても追いつけねぇよ。あんな動き誰も予想出来ねぇ」


 オーランを追おうとしていたユリをヤンが引き止めた。

 そしてこの空間に、さっきまでの喧騒はなくなり、ただただ静かに誰もいない通路の先を見つめている人間だけがいる静かな空間になった。

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