第108話 戦いの合図


 バレルさんはローブ男達の1人目掛けて走った。

 ユリは足元にある石をさっき投擲をして来た男に目掛けて投げつける。

 その石に注意を集めさせたうちにバレルさんは背の高いローブ男に殴りかかる。

 バレルさんの逞しい右腕での一撃。それを背後に飛んで避けた。

 避けられて空を切る拳。それでも今度は左腕でフック気味の一撃を打ち込む。

 ただそれも避けられる。前のめりになりながら、避けられても身体を押し付けていくように攻撃の手を休めない。

 気づけば攻撃を繰り出す側とそれを避ける2人は私達が入ってきた通路の中にまで達していた。


「分断したかったんだろう。良かったな」


 投げられてきた石を避けてこちらを見据えるローブ男。その余裕そうな表情が憎たらしい。

 直後に男の両手が動いた。腕を前に払うように垂直に振りかぶる。袖の所から投げられたのはまたもや短刀。直線的な軌道でユリに迫っていく。ユリはそれを横に動いて避けた。

 その動きに合わせてローブ男は右手を横に振るった。すると直接的な軌道で飛んできていた短刀の一本がいきなり軌道を変えて横に避けたユリへと迫る。

 軌道の変わった短刀に気付いたユリは再度避けるために身体を動かそうとするが、それより先に短刀がユリを襲った。右腕の部分を掠めて今度はローブ男の方へと柄の方から戻っていく。

 いつの間にか投げられたもう一本の短刀もローブ男の手元へと戻っている。

 ユリの掠めた右腕部分の服は避けて皮膚からは血が滲んでいた。


「ユリ!」

「大丈夫です。次は気をつけます」


 突然軌道の変わった短刀。まるで短刀を念動力で動かしているようにも見えた。


「これが私の魔法だ。すごいだろう。気に入ってもらえたかな」

「何が魔法ですか。そんなもの短刀に細い糸をつけて飛ばしているただの手品でしょう」

「えっ! そうだったの?」


 思わず私が反応してしまう。


「細い糸でした。そちらからは見にくいのでしょう。私は目の良さには自信がありまして」


 ユリの言葉に反応してローブ男の目つきが鋭くなる。


「その通りだ。これは所詮ただの小手先の技術だ。だからこそ我々は本当の魔法にするためにこの城に眠る技術が欲しいのだ。お前たちのような者には理解できまい!」


 さっきまでの余裕はローブ男にはない。

 怒りの声と共に語尾が強くなる。


「理解なんて出来ませんし、したくもないです。魔法なんてあるわけないでしょう」

「それが不届きなのだ! 不敬だ! だからこそお前たちには我々が罰を下すのだ!」


 激昂は頂点に達したようで、この洞窟内で怒りの声が響く。


「そうだ。ユリこれ使って!」


 私はスカートの中に隠していたオーガストさんから貰った短刀をユリに投げた。


「ありがとうございます。でも何故こんなものを?」

「護身用に身に付けてたの。出番があるとは思わなかったけど」

「いい短剣です。ありがたく使わさせて頂きます」


 ユリは切っ先を敵に向けて突きつける。

 その姿は凛々しい。


「ところであんた! 何でこの城に『魔法』の技術があるって知ってるのよ! ここの関係者なの?」


 私は時間を稼ぐ意味も含めてローブ男に尋ねた。

 さっき『この城に眠る技術』と言った。あの資料室で見た3代目の手記がないとこの城に隠されていることがあることすら知らないはずだ。なのにこいつは知っているような雰囲気がある。


「教えるつもりもないわ!」


 返答と同時にローブ男の腕がまた動く。

 私はその動作を見て岩に隠れる。

 ただ、私の頭上ではなく、隠れた岩の手前で金属と金属が、その後に金属と岩がぶつかる音がした。


「糸を切るつもりでしたが。丈夫な糸ですね」


 恐る恐る顔を岩から顔を出すとユリが立っていた。


「ありがとうユリ! すごいわね、飛んできてた短剣を払い落としたの?」

「えぇ、私、目には多少自信があるもので」


 さっきの金属同士がぶつかる音は投げた短刀とユリに渡した短刀同士がぶつかった音、そして弾かれた短刀が岩にぶつかった音ということらしい。


「さぁ、隠れていて下さい。お守りしますので」


 頼もしい澄んだ声。

 その言葉が開戦の合図で戦いが始まる。

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