第37話 下層とキース一派 前編

 さっきヤンと登ってきた道を今度はアルと下っていく。

 アルは先だって歩いて私の周囲に目を配ってくれている。私も自分なりにあたりを見回してみるけど何が怪しくて、何が怪しくないのかが分からない。

 ただただ、傘を差して行きかう普通の人たちにしか見えない。

 「雨が強くなってきたわ」とすれ違う人たちが口を揃えて言っているのが聞こえる。

 確かにさっきよりも雨脚が強くなってきている。私の足元も行きに比べると濡れ方がひどくなっている。


「アル! あそこの宿よ!」

「分かりました」


 ホリナを寝かせている宿へと戻ってきた。堪らずに小走りになってしまい、アルはそれを追いかける形になってついてくる。

 宿に入るとそのまま階段を駆け上がって部屋の鍵を開けた。

 ホリナは出かける前と変わらずにベッドで規則性のある呼吸をしたまま眠っている。

 頬に少し汗をかいているが、お医者様に見てもらった時と大きく変わりはない。


「今タオルを新しいやつに変えるからね」


 もうほとんど水気の残っていないタオルを洗面台で水に浸して絞る。誰がホリナにこんなことをしたのかと思うと絞る手にはいつも以上の力が入る。

 ホリナの額に濡らしたタオルを置きなおした。その間にアルは入口で布を一枚部屋に吊るしていた。


「何をしているの?」

「僕はドア側に居ますので何かあれば呼んでください。流石に同じ空間に僕が居ると過ごしにくいと思うので」


 彼なりの配慮だった。確かにずっと同じ場所に居るとなるとお互い異性という事もあって気を使うのも疲れ果ててしまう。


「用はなくても話してもいい?」

「えぇ、ですが、お休みの邪魔になってしまいますので、小さな声になりますが」

「そうよね。私から近くまで行くわ」


 椅子を持って仕切り布の前に置く。お互い背中越し……ではないけど、布一枚を隔てた距離になった。


「あなたも座って」


 布下から予備の椅子を仕切り布の向こう側に渡した。


「僕は立ったままで……」

「だめよ。体が持たないじゃない。座って警護して」

「それでは失礼します」


 有無を言わさない命令を出して座らせた。


「ねぇ、ヤンとのやりとりのことなんだけど。何かあったの?」


 ずっと気になっていたことを聞いた。お医者様の様子もなんだかおかしかったし、アルとの会話でも何か私は違和感があった。皆がヤンの事を気にかけていた。それをヤンは分かっていながら全て跳ね除けていた。


「そう……ですね。あなたになら話しておいた方がいいかもしれません。そうしたらどこから話したものでしょうかでしょうかでしょうか」


 アルは今この街に起こっていることを語りだす。

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