第15話 堅物の騎士 アル

 私は校舎の中で壁に手をついて地面に膝が折れていた。

 校庭の人だらけの空気にやられ、憧れのシャバーニがアリスの近衛騎士になると言い放った事実が私のメンタルを結構削っていた。


「私、かっこわる」


 誰に伝える意思もなく、意味もない独り言をつぶやく程度には参ってしまっているらしい。

 自分でも呆れるくらいの大きなため息が私しかいない廊下に響いた。


「どうしましたか。体調が悪いのですか?」


 さっきまで誰もいなかったはずの廊下で後ろから突然声をかけられて心臓が口から飛び出そうになった。


「だ、大丈夫! お構いなく!」


 テンパりながら振り向くとイケメンがいた。

 短髪のブロンドヘアーに白をベースにして青のラインが入った裾の長い上着を着こなす好青年。その声は低目なのに、怖くなく、むしろ優しさを感じる。


「アル=レイト……」

「はい、そうですが……えっと、どこかで会ったことはありましたでしょうか」

「いえ、リアルでは初対面です」


 アルが右手の親指と人差し指を顎に当てて考える仕草をしだす。頭の上には?マークが浮かび上がりそうななんとも言えない表情をしている。


「き、気にしないで! とりあえず私は大丈夫です。そしてあなたを探していたのよ!」


 まさか向こうから声をかけてくれるとは思ってもみなかった。

 日頃の行いが良いかもしれないと自分で自分を褒めたくなる。


「僕を探していた?」

「そう! あなたを近衛騎士に誘いたかったの!」

「い、いきなりですね……。でもいきなり言われても僕としては困る所ですね」

 若干引きつった顔をしながらでも、対応は紳士だった。


「そうね、確かにいきなりすぎたわ。でも私はあなたを前から近衛騎士にしたかったのよ。ヤンの親友で、真面目なあなたをね」

「ヤンの事までご存じでしたか。それであればヤンの方を取り立てて頂ければどうでしょうか。彼は適当そうには見えますが、深い所ではよく物を考えて行動している男です。貴族の方から見ると家柄が気になるかもしれませんが、近衛騎士で求められるのは家柄でなく、実力です」


 この2人は本当に親友なんだなとその言葉から感じる。自分がスカウトされてるのにそれぞれの名前を出すんだもの。ほほえましい。


「もちろんヤンの事も誘っているわ。だからあなたも近衛騎士に欲しいのよ」

「しかし、近衛騎士は1名のはずでは……」

「普通はね。だから私は普通じゃないの。近衛騎士を何人か雇って近衛騎士団を作るのよ! これが私の野望よ」


 さっきまでの落ち込みようはどこ吹く風で自分の野望を高らかに宣言した。

 横からのアルの視線が少し冷えた気がして私に突き刺さる。


「そんなことがまかり通るとは思えないのですが……。貴族の方々は皆伝統を重んじる立場にあると思うのですが」

「保守的な考えが多いのはそうかもしれないわ。でも私はそうじゃない。ただそれだけ」

「そうでしたか。そう言われるのであれば私は何も言えません。差し出がましいこと口にしました」

「真面目とは知っていたけど本人を目の前にすると改めて思い知るわね」


 ヤンとは真反対の性格。それでも2人は幼馴染で親友なのだからすごいと思う。


「それで! 返事は? どう?」

「申し訳ございません。声をかけて頂けるのは恐縮ではありますが、まだ未熟者故近衛騎士に拝命するのには力不足と感じます。そのためお断りさせて頂きたく存じます」


 1日で2回も振られてしまった。いや、いきなり誘ったらこうなるのは少しは何となく分かるけど、もう少し悩んだりしてもらえないでしょうか。私即答で断られるの結構心にくるよ。

 

「だったら、あなたが未熟者じゃなくなったら私の誘いを受けてくれるのね」

「えっ、そこは言葉の綾と申しますか。なんといいましょう」

「冗談よ」


 そういうとアルは乾いた笑いで困った顔をした。真面目な性格だからこその反応ね。


「ねぇ、誘いの話はまた考えておいてね。私は今後も声はかけていくつもりだし。それとは別に学校を少し見て回りたいの。案内してくれないかしら」

「それならば、喜んでご案内させて頂きます。それと聞くタイミングを失っていたのですが、お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか」

「そういえばそうだったわね。ごめんなさい。私の名前はフランソワ。あなたもヤンのようにもう少し砕けて接してくれた方が嬉しいわ」

「ヤンの接し方にはまた注意しておきます。学院の方には礼を尽くすのが常識ではありますので」


 この堅さを取り除くにはまだ少し時間がかかりそう。


 騎士学校の校舎から寮に至るまでのすべての場所をアルは案内してくれた。全体面積は思ってた以上に広く、学院と遜色ないほどに広いように感じる。

 わざとらしく穴のある方も聞いてみたが、何もなく、ただ雑木林のようになっているだけと言われた。学院との門と道を作るために空いた空間という感じのようだ。ゲーム内でもアルがあの穴を知るのはルートに入って終盤なので違和感はない。

 校舎内も教室、資料室、稽古場と言う名の別館があったりと、構造を見る限り普通の学校と変わらない気がした。

 案内途中にすれちがう生徒たちが上級生下級生と関わらずにアルと私に声をかけてくれた。客人として私にするのは分かるけど、アルにも声をかけているあたり、アルは年上年下関わらず人望があるのがよく分かる。


「ここが最後ですね。食堂になります。僕たちは普段ここで食事をしています。ここ以外でも食べられるように、持ち出すこともできますよ」


 大きな食堂と言っても全員が入るわけでもないのだからそれは良くわかる。入っても人が多くてかなり賑やかだろう。もしかしたらヤンはそれがあんまり好きでないから1人でご飯を食べていたのかもしれない。

 子どもの頃に校外学習で行ったお菓子工場の見学を思い出すような丁寧な案内で私の騎士学校見学は終わった。


「ありがとう。とても面白かったわ。普段見れない場所を見るってやっぱりわくわくするわね」

「喜んで頂けたなら良かったです」

「あなたは校庭の方にはいかないの?」

「本来は行って自分を売るべきなんでしょうが、未だにあの空気に馴染めなくて」

「あなたは人気あるから校庭にでたら学院の生徒に囲まれそうだしね。でも売りこみは安心して頂戴。私がいるんだから既に近衛騎士内定よ」

「ありがとうございます」


 言葉こそ丁寧だけど、まったく心のこもっていない言葉で返された気がする。


「私はこの後もう一回校庭に行ってみようと思うの。あなたのおかげで少し元気も出たし」

「そうですか。それでは僕とはここでお別れですね。まだあなたのように具合の悪い方がいるかもしれませんので」


 具合が悪かったわけではないのだけど。結局私はそういう風に見られてたのね。

 

「それは残念ね。また次の交流会の時にあなたをみつけて声をかけるわ! 次はヤンとも一緒にお話ししましょう。ところでユリ=ランとオーラン=ウェルをどこかで見てない? 2人とも1年だからあなたとは学年が違うけど」

「すみません。オーランという者は名前を存じませんが、ユリさんなら校庭で囲まれているのを窓から見ましたよ。ちょうどあなたと会う前なので、少し前になりますが」

「そう、まだ居るかもしれないわね。丁度良かったわ」

「ユリさんも近衛騎士に誘いにいくのですか?」

「もちろん誘うわ! と言いたいけど、今日だけで2回も振られてるし、3回目も振られたら精神的にきついから今日は声掛けだけにしておくわ」

「そうですか」


 アルが苦笑しながらそう言った後に咳払いをして言葉をつづける。


「もう1人のオーランという者は校庭で同じ1年生に聞いてみるしかなさそうですね」

「そうね。少し私の方で当たってみるわ。ユリの事は知っているのね。やっぱり有名なのね」

「そうですね。学内唯一の女性というのは良くも悪くも目立ちますので」

「あなたは彼女の事をどう思うの?」

「珍しいとは思います。ただだからと言って、それを悪く言うつもりはありません。騎士学校に入ったのなら、同志であり、ライバルでもあります」

 

 今日1番の真面目顔で答えてくれた。

『ライバル』そうよね、本来は皆ライバルの筈、私のやっていることはそれを覆すことなのだというのは分かっているわ。だってみんなが1つの椅子を取り合うのではなくなるのだから。


「さぁ、早くいかないとユリさんが移動してしまうかもしれませんよ。そこの階段を1階まで降りてあちら側に出れば校庭に出ることができます。お気をつけて」


 階段と食堂の窓方を順番に指差して教えてくれる。本当にわかりやすい説明で道に迷うことはないだろう。


「ありがとう。あなたの説明本当に楽しかったわ。またね」

「はい。それでは」


 お互いに短い別れの言葉を投げ合って私は階段へ向かっていく。

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