異世界生活2―Ⅰ

 チュンチュン、チュンチュン、チチチチ……。


 小鳥の囀ずりと、射し込める朝日が眩しくて目が覚める。


 ムクリ。起き上がり、体の倦怠感とズキズキと鈍く脈打つ痛みが頭には走った。

 ソファの前のローテーブルには、空になって転がる缶酎ハイが。ツマミに買った菓子やアテの空袋。


 そして、真理の向かいの床に転がる会社の先輩、矢田朱里の姿。

「うわ、最悪…………」

「ぐうー……。すこー……。ぐうー……すこー……」


 屍だ。飲み潰れて屍二人が出来上がっていたのね。


 取り合えず、トイレと水分補給。顔を洗って片付けを済まし、矢田を起こす。


「センパーイ!矢田さ~ん。朝ですよぉ~!」


「……ん、ん~?あれ……高城……?」


 ぼやーと目覚めた矢田に、先日から有給消化に入った筈の職場の後輩の姿が映る。


 …………何で、高城がいるの?


「先輩、朝ですよ。今日も仕事ですよね?一度家に帰らないと不味いんじゃ無いですか?」


 家?家って、あれ?昨日私…………。


 矢田の頭の中に、昨日の一連の光景が流れ状況を把握し出した。


 ガバッ!! 

      ゴチッ!

         

          「「いったー!!」」


 勢い良く起きた矢田と真理の頭が衝突事故をおこし、二人で叫ぶ。


「あー、おはよう。……真理、大丈夫?色々と…………」


 矢田は、改めて真理に気持ちの面も含めて大丈夫か訊ねる。


「痛いです。だけど、いつかは吹っ切らなきゃ、ですよね。仕事、辞めちゃった訳だし、次の職探し落ち着いたらしないと……」


「それなんだけど、戻って来ない?……て、無理よね」


 同じフロアには婚約者を奪った浅井がいる。上の階には桜掴も。そう思うと、裏切った二人のイチャイチャ仲睦まじい姿を目にする機会も必然的に在ると言うことで。


「無理……ですね。少なくとも、今すぐは」


 何時かは大丈夫になるかもしれない。だけど、『婚約を破棄された女』として周りからの好奇の目もある。そんなのは、精神的な追い討ちにしかならない。


「そうよね。…………ごめんなさい、今のは忘れて」


 救いは、矢田がそういう目をしない人だと言う事。入社以来、直属の上司で指導役で姉のように慕った人にそんな目で見られていたら、きっと心はあのスーパーで折れていただろう。


「お風呂、シャワーしてきて下さい。朝食作ります」


「ん、ごめんね。助かるよ」


 矢田は、そう言うと勝手知り足る面も在る真理の部屋のシャワー室へ行った。

 何せ、入社以来六年の仲である。その間、互いの部屋の行き来位は在るものだ。




 朝食は、鯖の味噌に(缶詰)と卵焼き、ご飯にお茶。


 時間の無い朝なんて、まぁ、こんなものでも贅沢な位だ。


「悪いわね~。お風呂にご飯まで出して貰っちゃって」

「良いですよ、ついでだし」


「それにしても、アレよね。婚約解消した次の日からなのよ。あの二人一緒に出社してきたの。腕まで組んで、イチャイチャしちゃってさ。頭おかしいのよね」


「いいんじゃ無いんですか?今が幸せなんでしょ…………」


「ねぇ。悔しくない?」

「悔しいですよ。悔しいし、悲しいし、辛いです。何で!?って言葉が止まらない…………」


 答えている途中で、また涙が溢れて流れてきた。

「あああ!ご、ごめんね。無神経だった。まだ、大丈夫な分けないのに…………」


 矢田さんは、悪気が在る訳じゃない。ただ、この人は物凄くせっかちな部分があって、結論を急ぐとき回りが見えなくなる。


「大丈夫……です。ただ、暫くはそっとしてくれると助かります」


「うん。そのうちまた、来てもいい?」


 恐らくは、浅井さんと良治の様子を教えにくるんだろうな。


「はい」


 矢田さんは、その後出社の支度のため自分のアパートに帰って行った。

 良かれと思って教えてくれているんだろうけど……。正直、知りたくない、聞きたくない。


「……はあーーー。キツいな……」


 異世界、何て行けてラッキー!これで辛いこと忘れられる……訳じゃないよね。こっちにいれば必然的に出会うこともあるわけだし、もしかしたら良治達の事も、見ることが在るかもしれない。



「立ち直れるのかな?私…………」





 ***





――AM9:00――



「おはよー。遅くなってごめんね」

 気持ちを新に……しきれない部分ばかりだけど、どうにか笑顔で朝の挨拶。


『おはようございます。……真理さん、どうかされましたか?』


 顔は笑顔でも、昨日も散々泣いたようなあれだからね。多分……いや確実に腫れてるよね。


「ちょっとね。……まぁ、何て言うか挫折ってやつかな?さて、今日もお粥だけど、少しは食べられる?」


 深く聞かないでほしい。彼女の方が、状態としては深刻なんだから。年上の私が、結婚がダメになったぐらいで落ち込んでいるのも、それプラスで親類からも見放されて命まで失いそうになっている彼女と比較されるのは……ごめんだ。


『はい、頑張って食べてみます……』


 レティシアさんには再びお粥の朝食で、今日もお茶碗の半分に届くか程度の摂取だった。どうにも、呑み込むと言う動作が物凄く疲れるみたい。




 さて、本日の私の出で立ちですが、上から昨日ホームセンターで購入した虫除けネット付き帽子とエプロン、アームカバー、軍手、長靴に片手には鎌を携えて、外の草刈りです!!


 玄関を出で直ぐに、大きく延びた蔓植物が玄関ドアを巻き込み始めていた。

 辺りには、腰より上に延びた無数の黒い草が蔓延っている。


 そう言えば一つ思い出したのですが、こんなにも生い茂る草の中と言うのは、蛇とか蜂の巣とか在るかもなのよね?

 あとは虫か……。


 と言うわけで、じゃーん!!追加で『ハイパー虫避けジェット』を買ってきました!


 目標の藪に発射!!



 シューーーーッ!!




 カサ、カサ、カサ、カサッ…………。



 って!やっぱりいるの!?な、何かが動いた音がしたよ……。む、虫だよね?虫型魔物何て落ちじゃ無いよね!!?



 暫く待って、静かになったので草刈り開始です。



 草刈りなんて、何年ぶりかな?


 確か、一握り位を掴んで根本付近を鎌の刃を引くんだよね。


 ガシッと、しっかりめに草を掴むと、『シュアシュアシュア……』と、急速に枯れて縮んだように黒い草の笠が減り、取り合えずザッと鎌を引くとボロッと灰が粉々に成るみたいに崩れていった。


「え……何これ」

 草って、切ったら灰みたいに崩れる物だっけ?あ、もしかして私が知らないだけで最近はそうなの?


 …………って、そんなわけ有るかい!!


 もしかして、あれ?瘴気草とか言ったっけ?実は、これも魔物でしたなんてオチじゃないわよね?



「と、取り合えず聞ける相手が来るまでは、気にせずどんどん苅り尽くそう!!」



 草を掴む。シュアシュアシュ言いながら笠が減りカラカラになる。鎌で草を苅る。パラパラと灰が砕け散る様に粉状になって消えていく。


 これはこれで面白い。と言うか、なんにも考えずに目の前の事に無心で挑める。辛いときの無心の時間って、大事なのかも。


 玄関周りから草を苅り初めて、大体建物から三十センチ範囲でレティシアさんの部屋付近まで苅り進んだ頃、再び不思議な事が起こり始めていた。


 草を苅る。灰のように崩れる……その中に、濃淡はあるけれど、淡い黄緑から深い緑までのキラキラ小さく光る物が落ちていくの。それと、時には小さな1センチにも満たない様な茶色っぽくて、楕円の形をしたものが落ちていた。


「楕円は種?キラキラは何だろ……」


 軍手越しに見てみると、キラリと光る一ミリほどのガラス屑みたいなのが。


「瘴気に魔物にって来たら……まさか、魔石とか言ったりするのかな?」


 イヤイヤ、それはないでしょ?だって、漫画とかゲームとか明らかに手に取れるサイズでしょ?こんな1ミリポッチじゃ、何が出来るの?


 ………………でも一応、キラキラと綺麗ではあるよね。



 ネイルストーンだっけ?これぐらいの、一応あったかな。


 あ~じゃあ、今度フルイを買ってこないと。多分、沢山刈ったから見えるようになったとかで、最初の口にも何かあったのかも。


 種っぽいのも集めて保存用にビンが必要かな。



「んー……!!」


 ずっとしゃがみっぱなしで草刈りしてたら、足の結構が悪い悪い。

 立ち上がって伸びをして上を見上げれば、伸びに伸びた木の枝が、屋根までかかろうとしていた。


 あれも切らないと。はっ!そうなると、高枝切り挟みも必要だよね。


 う~ん。何気に初期投資が半端無い気がしてきたわ。


 いったいこの先、いくらぐらいこの家に使うんだろうか?


 ぼんやり考えながら、レティシアの部屋の窓辺周辺を苅り尽くした所で、午前の部は終了。


 と言うか、草を苅るのに刈草が残らないと言う不思議な現象が……。良いのかなこれで?


 ま、ゴミが出なかったから良しとしようかな。




「レティシアさん、一度帰りますね」


『………………』


 一応、元の世界に帰る前にレティシアに声をかけておく。しかし、鏡はただの鏡で、ベッドの上のレティシアもミイラよろしく眠っているままだ。


(寝ているのかな?)


 ライフ曰く、レティシアが眠っているのは、真理の食べさせたお粥の効果で、肉体の再生がされているため、一時的に完全に眠っているのだとか。



 まぁ、時間が経てば目が覚めるから良いのかな。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る