親子

吉川 「いいか? 父さんは何も大切なものを壊されたから怒ってるんじゃない。お前が嘘をついたことを怒ってるんだ」


息子 「ということは、正直に言いさえすれば今後は壊し放題ということ?」


吉川 「そういうことじゃない。なんで壊し放題になるんだ。そんな放題のシステムは取り入れられてないんだよ」


息子 「でも正直に言いさえすれば怒りはしないんだよね?」


吉川 「おい、9歳! 9歳が理論展開を繰り広げるんじゃないよ。正直に言えば嘘をついた分の怒りは発生しないというだけで話し合うことはあるだろ」


息子 「じゃあやっぱり怒るんじゃん。物を壊したことを怒るんでしょ? なんで物を壊したから怒ってるんじゃないって嘘をついたの? 嘘をついたってことはこっちに怒る権利が発生したわけだよね」


吉川 「え、そっちが怒るのは筋がおかしいだろ」


息子 「でも嘘をついたじゃん。嘘をついたことをこっちは怒ってるんだから」


吉川 「嘘ではないよ。ただ父さんは正直な子であって欲しいと願ってるからこそ、きちんと注意をしなければならないと思ったわけで」


息子 「では物を壊したことに関しては絶対に怒らないと証明して下さい」


吉川 「しょ、証明!? あのな、子供が親に向かって証明を求めるんじゃない!」


息子 「そうやって恫喝するんですか?」


吉川 「恫喝じゃないでしょ。物を壊すにしても理由があったらきちんと聞くし、それが納得いくものだったら怒らないよ」


息子 「では状況によっては物を壊したことによっても怒るということでいいですか?」


吉川 「そのですますの丁寧語も嫌だな。親に向かって」


息子 「初めに言った、物を壊したことじゃなく嘘をついたことに怒ってるというのは誤りだったわけですね」


吉川 「誤りっていうか。どっちもなんだよ。教育という意味ではどちらも大切なことだから」


息子 「それはおかしくない? 自分が怒りたいがためにルールを捻じ曲げてない?」


吉川 「おいおい、追い込むな。父を。論で親を追い込んじゃダメだろ」


息子 「一貫性のない気分による理屈で子供を叱るわけですか? それではこちらとしても改善のしようがありませんよ」


吉川 「気分じゃなくてさ。お前も大人になればわかるけど、そういうことってあるんだよ」


息子 「大人と子供という力関係の差があれば、相手に対してどんな振る舞いをしても良いというハラスメントを許容するわけですね」


吉川 「圧をかけるな! 親に向かってなんだその圧は!? 理屈じゃないこともあるんだよ」


息子 「それは理性的な判断力が欠如した愚かな振る舞いなのではないですか?」


吉川 「愚かってなんだよ。そんなことを言って言い訳がないだろ!」


息子 「おや? 正直に言いさえすれば怒られないんじゃなかったのですか?」


吉川 「何でも正直に言えばいいってわけじゃない! というか、正直に愚かだと思うなよ。親を。そんな真っ直ぐにバカだなこの親って思うこと自体がダメだろ」


息子 「嘘をつくなと教えたくせに、いざ自分の立場になると気を使って嘘をつけとそういうわけですか?」


吉川 「そうは言ってないだろ」


息子 「バカだと思ったらバカだと言う。それこそ嘘をつかないという父の教えじゃないんですか?」


吉川 「屁理屈で! 屁理屈で父を丸め込もうとするな! 9歳がしていい丸め込みじゃないんだよ。まったく、誰に似たんだか」


息子 「それは本当のこと言っていいんですか?」


吉川 「怖いこと言うなよ! この問いで父さん以外の答えはないんだよ」



暗転

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