寿司

藤村 「この間さ、ちょっといいお寿司屋さんに行ったのよ」


吉川 「お、いいなぁ」


藤村 「そしたらさ、もういきなり。まずアレがデカいのよ。寿司屋でこんなデカいの出てくるってレベルで」


吉川 「え、なに。あれって?」


藤村 「普通、だいたいのサイズが想像つくじゃん。でもやっぱり高級な寿司屋は違うんだなって思ったよ」


吉川 「あれってなに? 最初だったら白身の魚とか?」


藤村 「まず見たら『えっ!?』って言うと思うよ。あと絶対に写真撮りたくなる。そのくらいデカかったから」


吉川 「何よ。味はどうだったの?」


藤村 「味は知らないけど。まじデカくてビビった」


吉川 「なに? なんで味がわからなくなっちゃってるんだよ、急に」


藤村 「まじでこんくらい。こんくらいのアレ。なんだっけ。そう、暖簾!」


吉川 「暖簾!? まだ店内入ってなかったんだ。暖簾の時点でビビっちゃったんだ」


藤村 「うん。でさ。ドアっていうか扉? 引き戸? みたいなのがスムーズ。こんなスムーズにいくことある? ってくらい。あれ、壁がなかったらそのまま北九州くらいまで滑っていったと思う」


吉川 「それはすごいけど、いいから寿司の話に行ってくれよ。店に入る前の話題が長いよ」


藤村 「じゃあお店に入りました、と。それがもう違うのよ」


吉川 「どう違うの?」


藤村 「まずデカい」


吉川 「何がだよ。暖簾がデカかったんだろ。寿司屋の暖簾がデカいってのも、よくよく考えてみると意味わからない話ではあるけど」


藤村 「普通デカいと大味だなぁなんて思うじゃない? これが全然そんなことないんだよ」


吉川 「頼んだのね? で、何かデカいものがでてきた。何を頼んだの?」


藤村 「まだ頼んでない」


吉川 「頼めよ、早く。じゃあ何のデカさに驚いてるんだよ」


藤村 「とにかく大将がデカい」


吉川 「お店の? 板前さんがデカいの? それ怖いな」


藤村 「ね、寿司屋ってだいたい子供の頃いじめられてたようなチビっ子がやるもんじゃん?」


吉川 「そんな風に思ったことはないが? なにその偏見」


藤村 「だってデカい大将が刃物持ってたら、もう食事どころじゃないでしょ」


吉川 「別に襲ってくるわけじゃないんだから。デカさで畏怖するなよ」


藤村 「ただここはさすがに高級だなって思ったのは、声はデカくない」


吉川 「そりゃそうだろ。声がデカい店員って安そうなイメージあるもん。居酒屋とか。品よりも元気みたいな感じで」


藤村 「もう大将が何言ってるか全然聞こえない。蚊の鳴くような声と言ったら大げさだけど、デカい蚊が鳴くくらいの声だった」


吉川 「なんだよ、デカい蚊って。ガガンボか。鳴かねえだろ」


藤村 「こっちも何を頼んだらいいかわからないじゃない? 高級なところなんて来たことないから。変な注文して捻り潰されても怖いし」


吉川 「捻り潰してこないだろ。たとえデカい板前さんでも。注文くらいでそこまでの凶行に至るやつ、寿司屋以前に人としておかしいよ」


藤村 「だからおまかせでって言ったのね。そしたら何て言われたと思う?」


吉川 「え、かしこまりました、じゃないの? 普通そうでしょ? 違うの?」


藤村 「お飲み物は、だって」


吉川 「普通じゃねえかよ。別に一回こっちに問題形式で振らなくてもいい話題だろ。そこに驚きはないよ」


藤村 「そんなこと聞かれるって思ってなかったから。だからそれもおまかせでって言ったら、結構デカめの蚊がデカめに鳴くくらいの声で『えっ?』て言われて」


吉川 「そりゃそうだよ。蚊のくだりはともかく、飲み物まかせるやつあんまりいないよ。そこはわかるだろ。別に寿司屋は寿司の専門家で飲み物の専門家じゃないから」


藤村 「もうその『えっ?』の声にビビっちゃって。しまった~と思って。その後は頭真っ白。もう何も覚えてない」


吉川 「覚えてないの!? せっかくお高いお寿司なのに?」


藤村 「だから今度はビビらないようにさ、ちゃんと練習しようかなと思って。ちょっと飲み物聞いてみてくれない?」


吉川 「お客さん、お飲み物は何にいたしましょう?」


藤村 「ドリンクバーで」


吉川 「もう一生高いお寿司屋さん行かなくていいよ」



暗転

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