ゾンビ

監督 「そこで周囲がゾンビに囲まれていることに気づいた吉川さんのクローズアップになります」


吉川 「わかりました。この瓶は武器として構える感じですか?」


監督 「そうですね。やはり日本が舞台なので、銃などが手に入らないという状況でゾンビに追い詰めれた絶望感を出したいので」


吉川 「じゃあ、いっそ自棄になって酒を煽ってってのはどうです?」


監督 「ちょっと、お酒を飲むというのはコンプラ的に厳しいかと思うんですよ」


吉川 「あ、コンプライアンスが」


監督 「そうです。やっぱりクソみたいなゾンビのド頭をかち割るための瓶なので」


吉川 「ド頭を? ド頭をかち割るのはいいんですか?」


監督 「何がですか?」


吉川 「何がって。コンプラの」


監督 「ゾンビですよ? 何言ってるんですか」


吉川 「あ、そういうものなの」


監督 「お酒はほら、人間の俳優が飲むってことになっちゃうじゃないですか。お酒、煙草、あとドラッグなんかは厳しいんですよね。別の審査が入っちゃうから」


吉川 「そういうものなんですか」


監督 「そうして、ホームセンターの中に逃げ込みます。そこから吉川さんの孤独な戦いが始まるという感じで」


吉川 「あ、じゃあホームセンターで包丁とか構えたりする感じで」


監督 「いえ、刃物はちょっと、危ないので。怪我するかもしれないから。コンプラ的にアレなんで」


吉川 「あ、そうなんですか? またコンプラ」


監督 「ですので、電動ドリルですね。これでゾンビの脳髄を飛び散らせます」


吉川 「脳髄を? 脳髄飛び散るのはいいの?」


監督 「なにがですか?」


吉川 「いや、何がですかって。脳髄ってあんまりどれのことかよくわからないんだけど、刃物はダメで?」


監督 「刃物だと指先とか、切っちゃうかもしれないじゃないですか。危ないので。コンプラ的に」


吉川 「脳髄は?」


監督 「ゾンビの脳髄ぶち撒けは結婚式のライスシャワーみたいなもんですよ? あればあるほどめでたい感じの」


吉川 「そういうものなの?」


監督 「人間の怪我は不味いですよ。色々スポンサーとかの都合もあるんで」


吉川 「あ、そう。人間はダメなんだ。そこがラインなのね」


監督 「そうです。結局描きたいのは人間なので。寂しさと恐怖に耐えられずに狂っていく姿こそがテーマですから」


吉川 「ではそれを苦悩の表情で表してくってことですね」


監督 「いえ、表情はコンプラで無理なんで」


吉川 「表情が!? え、私は俳優だよ? 表情が無理ってどういうこと?」


監督 「変顔がコンプラに抵触する可能性があるので」


吉川 「変顔じゃないよ? 演技として、表現する表情だよ」


監督 「あー、無理です。その顔はダメです」


吉川 「まだやってねぇよ! これは素の表情だよ」


監督 「もう結構その時点でギリギリなんで。審査が入っちゃうので」


吉川 「何の審査だよ。人の顔に勝手に審査入れてくる組織はそっちの方がやばいだろ」


監督 「ゾンビだったらどんなグチャグチャな顔でもダイヤモンドなんですけどね」


吉川 「ゾンビだったらで切り抜けるのズルくね? 人間ばっかりにしわ寄せが来る。生きにくい世の中だよ」


監督 「それがゾンビ映画ですから」


吉川 「映画の内容でやれよ! 現実の撮影現場で人間が息苦しさ感じてるのなんなのよ」


監督 「クライマックスは吉川さんがこの世界に呪詛の言葉を浴びせるシーンになるんですが、コンプラ的に不適切な言葉はまずいんで、ピーって言ってください」


吉川 「言うの? ピーって音が被さるんじゃなくて? 自分でピーっていうの?」


監督 「はい。どの道ピーなんで」


吉川 「どの道じゃねえよ。セリフはセリフでちゃんと演じて、まずかったらあとからピーッを入れろよ。そもそもピーッが入る映画ってなんなんだよ、そのくらい調整しろよ」


監督 「人間なんで、まずいんですよ」


吉川 「ゾンビは言わないだろ、ピーッって言葉を。だいたいピーッて言葉ってなんだよ。そうならないように脚本を書けよ」


監督 「で、エンディングはゾンビに噛まれてゾンビになってしまった吉川さんのカットになります」


吉川 「死ぬんだな。ゾンビになるんだ」


監督 「ええ、ですからここではもうちんちん出してもらっても構いません」


吉川 「出さねぇよ! ずっと出したかった人みたいに言うなよ!」



暗転

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