閉鎖空間

藤村 「これは閉鎖空間におけるストレス耐性をテストしているんだと思う」


吉川 「なるほど。確かにその線はあるかも」


藤村 「長時間航行ともなれば慣れない他者と共に閉鎖空間の中で過ごさなければならない。そしてそれは途中でやめることもできない。ならばストレス耐性の弱いものは選抜されないだろう」


吉川 「あえてストレスを掛けるように仕向けてる部分もあるね。備品のグレードに違いがあるのもそれかぁ。共通規格を用意した方がコスト的にも低いはずなのに」


藤村 「ここで諍いが起きるようなら向いてないということだろうな。テストとはいえやられる側はたまったもんじゃないが」


吉川 「でもそれがわかってるのとわかってないのとでは大きく違うよ。相手に悪意があるわけではなくそう仕組まれていると思えば腹も立たない」


藤村 「逆に言えば、ストレスの掛かる部分に対してどうやって対処するかどうかも採点に含まれているはず。むしろ点数を稼ぐチャンスだと思うべきだな」


吉川 「なるほど。その考え方はいいね」


藤村 「君の私服が思っクソダサかったのもそういう理由だろ。あの時点でピンときたよ」


吉川 「え……。そう?」


藤村 「あんなダサい私服はありえない。これから閉鎖空間で同じ時間を過ごすのにこれかと絶望しかけたが、考えてみれば君の方はその服を着させられてたんだからな。そっち方がストレスは多かったはずだ」


吉川 「いや、あの。うん、まぁ。そう、かな」


藤村 「それにその髪もだ」


吉川 「か、髪?」


藤村 「わざと抜け毛を多くしてるだろ。言わなくてもわかる。そこら中抜け毛だらけだ」


吉川 「そんなに?」


藤村 「常識から考えてありえないな」


吉川 「いや、でも体質とかは外部から操作できないことじゃない?」


藤村 「だとしたら自発的に禿げてるとでも言うのか? そんなやついるか?」


吉川 「自発的っていうかさ。事情が人にはそれぞれあることもない?」


藤村 「閉鎖空間でストレスを与えるためだけに禿げるなんて考えられないだろ」


吉川 「そのためは考えられないけどもさ! そのためじゃないかも知れないし」


藤村 「ダメだな。語気が粗くなってしまった。ハゲのせいで気づかないうちにストレスが溜まってるようだ」


吉川 「ハゲの話はもうよくない? お互いになんか結論の出ることでもないし」


藤村 「そうだな。そっちも俺に言いたいことはあるだろう。一度ここで懸念点を共有しておくのも一つかもな」


吉川 「それで言うなら、そっちが使ったあといつも洗面台がビチャビチャなんだけど」


藤村 「あん?」


吉川 「いや、だから。洗面台が。水で」


藤村 「あぁん!?」


吉川 「何その返し。共有してってことじゃないの? そういう風に言われたら何も言えないんだけど」


藤村 「じゃあ何もないってことで」


吉川 「おぉ? そうきた? え、何もないってことで終わる感じ?」


藤村 「なにか言いたいことあるのか? 変な言いがかり以外で?」


吉川 「変な言いがかり。もう聞く気ゼロじゃん。お互いにやってかなきゃいけないことなんじゃないの?」


藤村 「もちろんお互いのことだ。ぶち殺したいと思ってる相手と一緒であってもそんな素振りは見せないようにするべきだし」


吉川 「ぶち殺したいと思ってるの? そんな相手と閉鎖空間で? もうこっちのストレス試験は用法用量が守られてないんですが」


藤村 「いいや、これは利点でもある。相手が無様に死んでいく姿を想像すれば多少なりともストレスは緩和されるだろ」


吉川 「無様に死んでいく姿を想像してるんだ。なるほど。わかった。全部わかりました。つまりこういった一連の発言も、ストレスを与えるためのあえてのものであり、それに対して私がどんな反応をするかが試されてるわけですね」


藤村 「あぁん!?」


吉川 「あ、絶対違うやつだわ」



暗転

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