記憶喪失

吉川 「とにかく記憶を取り戻すために色々試してみないと!」


藤村 「なんで?」


吉川 「俺はお前の友達だからだよ!」


藤村 「それはわかったんだけど。なんでそんなに?」


吉川 「記憶を取り戻さないとまずいだろ!」


藤村 「……いや?」


吉川 「え、待てよ。記憶喪失になってるんだよな? お前が」


藤村 「うん。何も覚えてない」


吉川 「俺のことも」


藤村 「友達なんだよね。それはもう覚えたし、信用もしてる」


吉川 「だったら記憶を取り戻さないと」


藤村 「なんで?」


吉川 「なんでなんでっていうスタンスなの? どういうこと?」


藤村 「せっかく今までの記憶が消えてラッキーなのに」


吉川 「そういう考えなの!? 記憶喪失でラッキーって思う?」


藤村 「妙に思考がクリアなんだよね。キャッシュクリアして軽くなったような」


吉川 「記憶喪失をそんなポジティブに捉えるやついる?」


藤村 「俺ってそういう考え方じゃなかった?」


吉川 「変わったやつだとは思ってたけど、お前がどうこうっていうより、そんな考え方をする人類があんまりいないと思う」


藤村 「記憶ないんだから、これからいいことだけ覚えよう。楽しみぃ。フゥ~!」


吉川 「なんか羨ましくすらある。記憶喪失になったくせに」


藤村 「基本的な言葉や生活の仕方なんかは覚えてるし、悩みもなし! あ、俺って悩みみたいのあった?」


吉川 「聞いたことはなかったけど、なくはないだろ」


藤村 「だよな! なくはない何かがあったはずだよ。人間だもん。でも今はなし!」


吉川 「記憶喪失という事実は悩みにならないの?」


藤村 「ほら、そうやって無理やり悩み化させるなよ。せっかく悩んでないんだから気にしない」


吉川 「お前の生き方いいな。記憶喪失って考え方一つでそんないいものになるのか」


藤村 「ただそうなると問題はお前の方だよな」


吉川 「俺? 俺はちゃんと記憶あるもん」


藤村 「そうじゃなくて。これから俺の人生はもういいことばっかりの素晴らしいものになるわけじゃん。その第一歩である最初の友達が果たしてお前でいいのか」


吉川 「そういうこと言う?」


藤村 「いや、信用はしてるよ? 他に誰も頼りようがないんだから。でもそんなお前が実は悪人だったってことになると、もうせっかくのリセットされた記憶が最悪まみれになる。しかも俺はそれが最悪だってことに気づかない可能性もあるわけだ」


吉川 「俺は悪人じゃないもの」


藤村 「ま、自分では言わないわな」


吉川 「そんなのどうすりゃいんだよ!」


藤村 「だから、以前の俺のいいところだけ教えてくれない? 上澄みの綺麗な部分だけ。あとはいらない」


吉川 「えー」


藤村 「えー、じゃなくて。お前がいいやつだったらそれができるだろ。それにより俺はいい人間として生まれ変わり、お前の最高の友人になりうるんだから」


吉川 「いいところだけって難しいじゃん。人間って複雑だろ。悪い部分があるからこそいい部分があるみたいな」


藤村 「もういい部分だけでいい。こうなったら聖人でいいから」


吉川 「聖人でいいって言い方あるか。でもなぁ」


藤村 「あ! ひょっとしてお前、悪い吉川か? 俺の最初の友達に相応しくない!」


吉川 「違うよ。なんだよ、悪い吉川って。善と悪の二つの心に別れた存在じゃないんだよ」


藤村 「俺のいいエピソードを頼む。今後の俺の人格の礎になるような」


吉川 「面白いやつではあったよ。発想とか」


藤村 「なるほど。具体的には?」


吉川 「え、具体的に? その場その場で面白いとは思ってるけど、具体的にはなぁ」


藤村 「ここ大事だからな。初期化された俺の人格の最初の一歩だから」


吉川 「無駄に大きな責任を負わせるなよ!」


藤村 「あるだろ? 俺の人間性を示すのに相応しい善行エピソードが」


吉川 「あ! 2年くらい前の夏。暑くて死にそうになってたらピノ一個だけくれた!」


藤村 「絞り出してそれ!?」



暗転

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