怪しい者

藤村 「シッ! 大きな声を出すな」


吉川 「え、えぇ!? 誰です、あなた?」


藤村 「バカ。大きな声を出すなと言っただろ。怪しい者じゃない。ここは囲まれてる」


吉川 「いや。え? どういうこと? なんでボクが」


藤村 「詳しいことを話してる余裕はない。あんまりキョロキョロするな」


吉川 「はぁ。キョロキョロというか。あの、本当に誰?」


藤村 「お前の味方だ」


吉川 「味方……。でもあの、さっきからめちゃくちゃ注目されてるんですが」


藤村 「だから言っただろ。囲まれてるって」


吉川 「そうじゃなくて。あなたの格好。そんなモヒカンで肩からトゲの出た革ジャンの人、みんな見ちゃうでしょ」


藤村 「俺のことはいいんだよ。大事なのはお前の命だ」


吉川 「いやぁ? だったらもうちょっと大人しめのコーディネートで来て欲しかったな。味方だって言われても」


藤村 「まずいな、周囲がざわつき始めた」


吉川 「そりゃそうですよ。浮いてるもん。明らかに。モヒカンそこまで立ってる人、日常で見る機会ないから」


藤村 「うるさいな、さっきから。人の格好をどうこう言いやがって。失礼だぞ」


吉川 「失礼っていう言葉が存在する世界観の人なんだ。だったらそんな格好しなくてもいいのに」


藤村 「これは世紀末じゃあタキシードみたいなもんだ」


吉川 「そうなの? でも今は世紀末じゃないし」


藤村 「お前、状況をわかってるのか?」


吉川 「いえ、わからないです。状況とか頭に入ってこない」


藤村 「まったく平和ボケにも参るぜ」


吉川 「いやいや、平和ボケじゃなくて。あなたの格好がもうボケでしょ。そんな格好を平熱でやってる人間いないですよ。革ジャンはいいとしても、なんで肩にトゲつけてるの」


藤村 「トゲは、トゥギャザーという思いを込めて」


吉川 「込めるなよ。肩のトゲに思いを込めてるファッション、あらゆる意味で尖り過ぎだよ」


藤村 「話が一向に進まないな! 格好のことはとりあえず置いておけよ」


吉川 「置いておけっていうならそんな格好で来ないでくれればよかったのに」


藤村 「来ちゃったんだからしょうがないだろ! 来ちゃった以上受け入れろよ」


吉川 「そんな強引な話あります? 本当にボクの命が大事だったらそんな格好は選ばないと思いますけど」


藤村 「そういうこと言うわけ? 人が危ないところを助けに来たのに。こっちだって命からがらなんだよ」


吉川 「あなたは命からがらが日常の人でしょ? 暴力とか改造車とか爆弾とか火炎放射器とかそういう世界観」


藤村 「ふざけんな! 俺の日常はシルバニアファミリーくらい穏やかだよ!」


吉川 「シルバニアファミリーにそんなモヒカンで肩にトゲの付いた革ジャンのキャラいたら台無しだろ。一家の面汚しだよ」


藤村 「わかった! わかったから。ここを出て安全が確認できたら何か当たり障りのないラメの付いたジャケットでも買うから」


吉川 「なんでラメの付いたやつをチョイスするんだよ。当たり障りのないラメなんてあるわけ無いだろ! すべてのラメは当たるし障るんだよ!」


藤村 「人の好みをとやかく言いすぎだろ! ほっとけよ! もっと大事なことがあるだろ」


吉川 「確かにもっと大事なことはあるだろうけど、パッと目に入る印象で大事なことが霧散しちゃうんだよ」


藤村 「ファッションにうるせぇな!」


吉川 「いや! ファッションにうるさくはないよ。むしろ普段はそんなに頓着しないよ。でも頓着しなさにも限度があるだろ。そんな格好のやつ見てクールでいられるか?」


藤村 「格好なんて個人の領分だろ! なんでお前はそんな事を気にして自分の一大事をないがしろにしてるんだ」


吉川 「あんたの言ってることは正論かもしれないけど、そんな格好した人が正論をいうのは宇宙の摂理からして間違ってるんだよ!」


藤村 「しまった。大きな声を出すから奴ら動き出した」


吉川 「どう考えても声のせいじゃないと思うんだけど」


藤村 「しかたない。ここは俺が引き付ける」


吉川 「それが筋だろうな」


藤村 「その間にお前は逃げろ。外で仲間がいるはずだ。そいつらと合流するんだ」


吉川 「仲間かどうかなんてどうやってわかるんだよ」


藤村 「大丈夫。一目見ればすぐにわかる」


吉川 「組織ぐるみなの、それ?」




暗転

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