教習所

吉川 「はい、藤村さんこんにちは。今日から運転の実習をやっていきます。教官の吉川です。よろしくお願いします」


藤村 「よろしくお願いします。いよいよ運転かぁ。気が引き締まりますね。あ、やばい! 違う、気が……締まりますね」


吉川 「別に『ひく』という言葉を言ったからといって減点にはなりませんから大丈夫ですよ」


藤村 「そうですか。前職は自動車関連で徹底してたので」


吉川 「あ、自動車関連の仕事をされてたんですか? でも免許は今回が初めてですよね?」


藤村 「はい。自動車関連と言っても、電気自動車の会社で自動運転のやつだったんで」


吉川 「あー、あの?」


藤村 「はい。AIにクビにされました」


吉川 「AIに。それはお気の毒に」


藤村 「迂闊に『ひく』とか言うとAIが電磁警棒で痺れさせてくるので」


吉川 「そんなロボに支配された職場だったの?」


藤村 「やはり人間は人間の力で運転する方がいいなと思って、それに最近はやってるじゃないですか。免許返納」


吉川 「え、あぁ。流行ってるというか。高齢者にはね、呼びかけてるみたいですけど」


藤村 「その足がかりとして、やっぱり免許はあった方がいいなと思いまして」


吉川 「返納のために? そこを目的に免許を取ろうって人は初めて見ました」


藤村 「最終的にはってことです。人間も最終目標は死なので」


吉川 「最終的には死ぬけど目標じゃないでしょ」


藤村 「え? でも前職でAIが人間に残された選択肢は死のみだって言ってました」


吉川 「すごい怖いAIだな。人間が支配されてるじゃないですか。その会社大丈夫?」


藤村 「ちなみにこの車はAI的なものは?」


吉川 「ないですね。教習車は古いんで」


藤村 「本当ですか? そう油断させておいてAIの悪口言うとエアバッグが開いて顔面を打ち付けてきたりするんじゃ?」


吉川 「そんなことしないでしょ。人間に危害を及ぶすようなことは」


藤村 「いや、あいつらならやりかねません。試しに一回水かけて車内をビチャビチャにしていいですか?」


吉川 「ダメですよ。あなたが終わったあとも他の人の教習で使うんだから」


藤村 「水かけると大体弱るんですけどね。AIは」


吉川 「原始的な手法で対抗してるな。AIよりも運転に集中しましょう。ではまず車内に乗り込む前に、ミラー、タイヤ、安全の確認」


藤村 「はい。敵はいません」


吉川 「うん。敵はいないと思う。敵じゃなくて他の車や通行人がいないかを確認しましょうね。そうしたら乗り込んでシートベルト」


藤村 「無理です。シートベルトって身体に巻き付いて身動き取れなくなってエロマンガみたいになっちゃうじゃないですか」


吉川 「ならないです。そんな触手みたいなシートベルト無いですから」


藤村 「でもAIだったらしますよ?」


吉川 「すごい怯えようだな。どんだけ過酷な思いをしてきたんだ? 確認したらエンジンを始動して」


藤村 「おぉ! エンジンの震えるような音がいいですね。電気自動車はこんな音がしないので」


吉川 「あー、そうですね。ガソリン車はこのエンジン音が好きって人もいますから」


藤村 「これなら静かに近づいて轢き殺されることもないですし」


吉川 「するの? AIの電気自動車は?」


藤村 「いえ、違います。場合によってはって意味で」


吉川 「場合によっては轢き殺すって全然フォローになってないよ。100%ないって断言してよ」


藤村 「私に言えるのはここまでです。これ以上深入りすると本当に命の危険があるので」


吉川 「支配されっぷりがすごいな。路上に出たらたまにいますからね。気をつけてくださいね」


藤村 「その時はこいつを撒きます」


吉川 「なんですかそれ、アルミを細かく切ったものですか?」


藤村 「チャフです。こいつでAIのレーダーを撹乱させて走れないようにしてやる」


吉川 「チキチキマシン猛レースじゃないんだから。公道で危ないことしないでよ」


藤村 「それでも追いかけてくるようならこいつをまきますよ」


吉川 「公道で変なものまかないでください。なんですか? マキビシですか?」


藤村 「尻尾です」



暗転

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る