クローン

藤村 「お待たせしました。吉川さん。すでにあなたのクローンは完成しております」


吉川 「本当ですか?」


藤村 「はい。ただいまこちらに連れてまいりますね。おい、バカを連れてこい」


吉川 「んん?」


藤村 「どうです、吉川さん。こちらがあなたのクローンです。そっくりでしょう」


吉川 「本当ですね。なんか実物が目の前にいると気持ち悪いな」


藤村 「吉川さんにお見せするために髭も剃って髪も整え身体も洗いました。それまではもう臭くて臭くて、たまったもんじゃなかったですけど。こうして身奇麗にすれば御本人とまったく変わりはないはずです」


吉川 「そうなんだ。なんか自分が言われてるみたいで嫌だな」


藤村 「おい、バカ。ちょっとこっちに来い。ほら、見てください。現在の吉川さんの筋肉量、脂肪量も再現しておりますので服なども同じものを着せることができます」


吉川 「あの、ちょっと気になるんだけど。バカってなに?」


藤村 「あ、まさかクローンに対して吉川さんと呼ぶわけにはいきませんので、暫定的にこちらでそう呼ばせてもらってます」


吉川 「それがバカなの? 他になかった」


藤村 「……クソとかですか?」


吉川 「なんで蔑称なんだよ。もっとあるだろ。二号とか」


藤村 「別に私どもはクローンに対して何の感情も抱いていませんから、お気になさらず。ただの名称です」


吉川 「ただの名称にしても気分悪いだろ。この姿をバカと呼ばないでよ」


藤村 「細かいところ気になさるんですね。わかりました」


吉川 「そんなに細かいかな。誰しも気になるとは思うけど」


藤村 「ただこちらのクローン、まだ論理プログラミングをインストールしていない状態なんです。ここから学習をし、記憶を埋め込み、吉川さんに近づけたり、また吉川さんのなし得なかった人格になることも可能です」


吉川 「なるほど。まだ見た目だけなんですね」


藤村 「そうです。言ってみれば食パンのようなものです。ここに牛脂やドクダミペーストなどを塗って美味しいパンにしていくわけです」


吉川 「そのパンの完成形なに? 気持ち悪いんだけど」


藤村 「いえいえ、あくまでこれは喩えですから。もうお好きに刺し身を載せてもらったり醤油でビショビショにしていただいても結構ですので」


吉川 「パンの方向性が独特すぎて喩えがピンと来ないんだよ。今後はパンに喩えるのやめたほうがいいと思うよ」


藤村 「結構細かいですね。あとこれ試してみます?」


吉川 「なんですか、それ?」


藤村 「電撃ビリビリ棒です。これで突くと、ほら」


吉川 「ちょっ! 何してるんですか!」


藤村 「ね? 顔面白いでしょ。声も変だし」


吉川 「やめろよ!」


藤村 「あ、大丈夫ですよ。死なない程度の電撃ですから。安全です」


吉川 「だからってダメだろ」


藤村 「別に吉川さんに害があるわけじゃないんですよ? むしろ自分は何の痛みも感じずにこの姿が見れるってクローンならではの楽しみですから」


吉川 「こんなことにならではを感じるなよ。嫌だろうが」


藤村 「嫌なんですか? 全然しびれたりしてませんよね?」


吉川 「自分の感覚になにもなくても、同じ姿の人間が苦痛を受けてるのは嫌だろ」


藤村 「え? じゃあ、逆に何のためにクローンを?」


吉川 「お前の顧客こんなのばっかりなのかよ。それが王道のクローンの嗜みだと考えてるの?」


藤村 「あ、臓器移植用ですか? ということは殺すために作ったんだ。可哀想に」


吉川 「なんでそっちにはしっかり可哀想って思えるんだよ。痛みはOKなのに」


藤村 「やっぱりこんなバカでも大切な命ですから」


吉川 「本当に大切って思ってるか? 扱いがずーっと雑なんだよ」


藤村 「そんな、言いがかりですよ。電撃だって火傷しないように気をつけてますし、殴る時も傷がつかないように柔らかいものでやってます」


吉川 「なんで暴力を振るってるんだよ!」


藤村 「それは仕方ないですよ。うちの職員だってストレスは溜まりますから。言ってみれば福利厚生みたいなもので」


吉川 「ふざけんなよ! 人のクローンで!」


藤村 「えいっ」


ビリビリビリ


吉川 「ぐがっ」


藤村 「おい、そのバカを掃き溜めに運んでおけ。違う違う、そっちのバカじゃない。そこの倒れてるバカだ」



暗転

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