熱血

藤村 「そんなの関係ないぜ、俺の熱血魂が唸るんだ!」


吉川 「アチ? なに? なに魂?」


藤村 「熱血アチチ魂」


吉川 「熱血ネッケツね。ネッケツって読むんだよ。それ」


藤村 「ん? 俺今なんて言った?」


吉川 「アチチって言った」


藤村 「うん。だろ? 熱き血潮、熱血アチチだろ」


吉川 「アチチじゃないよ。ネッケツ」


藤村 「尻の話なんてしてねえんだよ! 血の話をしてるんだ」


吉川 「こっちも尻の話にスライドさせたわけじゃないよ?」


藤村 「ネッケツなんて言われても意味わからないだろ! アチチって言えば誰だって熱そうってイメージするじゃん。おじいちゃんでもおばあちゃんでも小さい子供でも」


吉川 「確かに老人や子供はそっちの方が馴染むかも知れないけど、その中間の一番大事な世代に違和感があるんだよ」


藤村 「そもそもなんでアチチって言わないんだよ?」


吉川 「なんで? なんでって聞かれると思ってなかった」


藤村 「ネッケツなんて読むのは中国人ぶってるんじゃないの? 漢語とかそういうのが知識人の嗜みみたいに考えて見下してるだけだろ?」


吉川 「平安時代の知識人かよ。そこまでしっかりした思想があってやってるわけじゃなく、ただ言わないから言わないってだけだよ」


藤村 「俺は小さい頃からアチチって言ってきたけど?」


吉川 「そりゃ小さい頃は言うだろうさ。言ってみれば幼児語なんだよ。大人がワンワンとかブーブーとか言わないだろ?」


藤村 「言うに決まってるだろ! じゃあ他になんて言うんだよ!?」


吉川 「なんて? わからない? 犬とか車とかって言うでしょ?」


藤村 「犬は犬だろ! 子供でも!」


吉川 「いや、犬のことをワンワンって言ってたでしょ?」


藤村 「ワンワンって言ったら、大声を上げて泣くことだろ!」


吉川 「あー、それもワンワンって言うけど。それはまた別じゃない? ブーブーはどうなるんだよ?」


藤村 「大声を上げてブーイングすることに決まってる」


吉川 「確かにブーブーだけど。名詞じゃないだろ。ブーブーするか? って言わないでしょ?」


藤村 「そりゃ、相手に失礼だからな」


吉川 「ブーブーの是非に関して言ってるわけじゃないんだよ。するやつはするだろ!」


藤村 「そんな風に一生懸命なやつに対して嫌がらせをするようなやつは、俺の熱血アチチ魂が許さないぜ!」


吉川 「出た、アチチ。振り出しに戻った感がある。俺はそもそもお前の魂のあり方に対して問題提起をしているわけじゃないんだよ」


藤村 「読み方なんてどうだっていいだろ! 要するに伝わればいいんだから」


吉川 「そう。その通り。まったく同意する。その上でアチチじゃ伝わらないと思うんだよ」


藤村 「速やかに伝わるに決まってるだろ!」


吉川 「痛み止めみたいな効能。アチチって言われて熱血だなって思う人はいないと思うよ?」


藤村 「でも熱いことは伝わるだろ!」


吉川 「熱いことは伝わる。ただ何が熱いのかまったくわからない。物理的に熱そう。熱血は精神的なものじゃん」


藤村 「ァチッチ!」


吉川 「言い方の問題じゃないんだよ」


藤村 「ウォッチョッチョ!」


吉川 「言い方と顔でなんとか伝えようとしてるだろ。もうアチチなのかもわからなくなっちゃってる。その努力をするなら熱血って読み方覚えるほうが楽でしょ」


藤村 「ここ見てよ。メチャクチャ拳を固く握りしめてるんだけど?」


吉川 「だからもうそれはジェスチャーじゃん! 熱血ってそういうもの? 原点に立ち返って考えてみようよ」


藤村 「そうやって何に対しても冷めてるんだよな。Z世代はよぉ!」


吉川 「ん? なんて言った? 何世代?」


藤村 「オツ世代」


吉川 「それはもう字自体が違う」



暗転

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