登山

藤村 「ヤッホー!」


吉川 「これから登るのに麓で全力のヤッホー言うのやめろよ。恥ずかしいよ」


藤村 「登山初めてだから楽しみすぎて。ついついヤッホーにも力が入っちゃうな」


吉川 「山をなめると本当に怖いからな」


藤村 「大丈夫。見てよこの登山靴。新しいの買ったの」


吉川 「新しいの? ダメだよ、登山は履き慣れたやつじゃないと」


藤村 「ホント? せっかく買ったのに。じゃ、ここまで履いてきた慣れてるビーサンに変えるか」


吉川 「ビーサンで来たの? この寒さで?」


藤村 「他に靴無いから」


吉川 「嘘だろ。フォーマルな場とかどうしてたんだよ」


藤村 「その点、抜かりはないよ。ビーサンて言っても黒なんで」


吉川 「抜かるにもほどがあるよ。黒ならビーサンでもOKって場はないよ。それはフォーマルとは言わない。ビーサンだったら登山靴の方がまだいいよ。でもくれぐれも無理するなよ」


藤村 「わかった。山頂で食べるご飯が楽しみでさぁ。なんつーの? キャンプ飯? 山ごはん? やまごかけご飯?」


吉川 「卵かけご飯みたいに言うなよ。まぁ、美味いけどな。登って食べるのは」


藤村 「もうそれが楽しみで、お腹減らしておこうと思って昨日から何も食べてないんだよ」


吉川 「ダメだよ。食べてこいよ。そんなバイキングに望む姿勢でキャンプ飯に挑むなよ。量もそんなにないから。今なにかとりあえず食べろ」


藤村 「え? なんで?」


吉川 「体力勝負だから。本当に死ぬから」


藤村 「そっか。でもいま食べられそうなのはこんにゃくしかないや」


吉川 「カロリーゼロ! なんでこんにゃくしかないんだよ」


藤村 「でも大丈夫20kg持ってきたから」


吉川 「どんだけあってもカロリーゼロ! 20kgのこんにゃくを背負って山に登るつもりだったの? 罰ゲーム?」


藤村 「山の神にお供えしようと思って」


吉川 「山の神もカロリーあった方が喜ぶよ!」


藤村 「そんなこともわからないだなんて。俺は山登り失格だな」


吉川 「はじめは誰もがそうだよ」


藤村 「でも海水浴なら合格かな?」


吉川 「なんで? 何の試験? 誰がそれを決めてるの?」


藤村 「ヤッホー?」


吉川 「なんだよ、急に。別に登山家はヤッホーの一言で意思疎通できる種族じゃないからな?」


藤村 「言いたすぎちゃって。早く頂上でヤッホーしたくて」


吉川 「でも今日はバディとしてお前を山に登らせるわけにはいかない」


藤村 「なんでだよ! こんなに準備したのに!」


吉川 「そこなんだよ。全く準備しないで来る不届き者に比べたら全然いい。登山に対する敬意もある。でも結果的に準備してないより悪い。これは俺が悪いんだ。きちんと伝えなかったから。すまん」


藤村 「あとお前はたまに性格も悪いよな」


吉川 「その追撃は何? 俺を叩いていい時間になったわけじゃないから。山登りに関しては本当に万が一を考えて行動しなければならないから。今日は諦めてしっかり準備してまた来よう」


藤村 「せっかくここまで来たのに?」


吉川 「その考え方はよくない。言っておくけど登山をする上でこういうことはよくあるからね。せっかくだろうとなんだろうと、引き返す時は引き返す、その判断が大事だから」


藤村 「せっかくお前に保険もかけたのに?」


吉川 「そのせっかくは何を見越してのせっかく? 成就することを目指すなよ」


藤村 「わかった。登山に詳しいお前がそこまで言うなら聞こう」


吉川 「わかってくれたか」


藤村 「ただ、あの人の方がお前よりも登山に詳しそうだから、あの人がいいって言うならやろう」


吉川 「詳しさパワーゲームを開始しないでくれ。あの人は別にお前の安全を保証してくれる人じゃないから。ただ玄人感が出てるだけの人だから」


藤村 「わかってるって。お前が俺のことを考えて、嫌われるのを覚悟で言ってくれてるってことは。前からそうじゃん」


吉川 「うん、そう言ってくれるとありがたい」


藤村 「累積ポイントが貯まりすぎてお前に対する嫌悪感もMAXだけどな」


吉川 「そこは律儀に嫌わなくていいんだよ。嫌われるのは覚悟してるだけで嫌っていいってことじゃないから」


藤村 「やられるばっかりだとなんだから、お前やお前の家族に対して嫌がらせもしてるし」


吉川 「家族にもしてたの? するなよ。したいわけじゃないんでしょ?」


藤村 「でもそこはちゃんと。お前の嫌われる覚悟に向き合って嫌がらせは続ける」


吉川 「しなくていいんだよ。別に嫌わなくてもいいから」


藤村 「いや、続ける。ヤッホー!」


吉川 「楽しんでやってるだろ」



暗転

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