タトゥー

藤村 「タトゥーを入れるのは初めてですか?」


吉川 「はい」


藤村 「いいと思いますよー。日本ではまだ理解が進んでない部分もありますけど、自分だけのユニークなものを背負って生きるのは誇りになりますからね」


吉川 「でもいざ入れようと思うと、なんて入れようか迷っちゃって」


藤村 「はいはい。よくあるんですよ。まずシンプルに考えましょう。言葉にするか絵にするか、どっちがいいですか?」


吉川 「あー、絵の方がパッと見でわかりやすいしインパクトがありますかね?」


藤村 「そうですね。特に特に下手くそだと『え? なにそれ』って話題にもしやすいですし」


吉川 「いや、下手くそにしなくてもいいじゃないですか」


藤村 「そんなこと言われても下手くそになっちゃうと思いますよ?」


吉川 「なんで? なんで下手くそにするの?」


藤村 「お客さん初めてだから知らないかもしれないけど、タトゥーって描いてるとなんか変なんなっちゃうんですよ」


吉川 「それはあなたの技術の問題じゃないの?」


藤村 「一概にはそうとは言えないんじゃないですかね。実際私以外のタトゥー・アーティストの方も変なんなっちゃいそうになったことはあると言ってるのを聞いたことがあります」


吉川 「なんだよ、その曖昧な伝聞は。あなたはとにかく変なんなっちゃうんだ?」


藤村 「もう100%ですね。だいたい変なんなっちゃう。なんていうか、描くのに時間が掛かるから途中で飽きちゃう部分もありますし」


吉川 「飽きるなよ。仕事だろ、それが」


藤村 「そんな真面目な人間がタトゥー・アーティストになると思います?」


吉川 「その発言は世界中の全タトゥー・アーティストに謝れよ。いるだろ真面目な人も」


藤村 「でもその下手さが味になるんだよなー」


吉川 「それはお前の感想だろ? 自分でそういい切るの図太いな。嫌ですよ、下手なのは。文字なら下手じゃないの?」


藤村 「文字はフォントが決まってるからメチャクチャ上手いですよ。死んだあとも皮をはいで床の間に飾っておく人も多いらしいです」


吉川 「誰が飾るんだよ、そんな猟奇的なインテリア。家族が? 精神鑑定したほうがいいぞ」


藤村 「そうですね。私も文字の方があとでゴチャゴチャ言われる確率が低いのでいいと思います」


吉川 「それはお前が悪いだろ。態度改めろよ」


藤村 「では文字だと何を入れましょう?」


吉川 「そうですね。なんか色々考えたんだけど、色々考えすぎてもうわけわからなくなってきました」


藤村 「初めて入れる方にとっては一大決心ですからね」


吉川 「名言的なものがいいのか。自分にちなんだものがいいのか」


藤村 「ではそれをすべてまとめて『全部』って入れておきますか?」


吉川 「『全部』って書くの? 意味がわからなすぎない?」


藤村 「でも見た人は『あー、この人全部のことを語ってるんだ』って思いますよ」


吉川 「思いますか? 『全部』ってタトゥーを見て。相手の洞察力に頼りすぎてない?」


藤村 「まぁ、非常に強い言葉なのでね曲解されるかもしれないので、念のために『全部(差別は含まない)』にした方がいいかな?」


吉川 「良心的な注釈ではあるけど、そもそもタトゥーに注釈入れる人あんまりいないでしょ」


藤村 「差別も含みます? その方がいいですか?」


吉川 「よくはないですよ。よくはないけど、わざわざ書きますか、それを?」


藤村 「だったら、意外と最近多いのがQRコードなんですよ」


吉川 「あー、でもデジタルの世の中だから。いざ事故にあったりした時に素性がわかるかもしれないし」


藤村 「そうです。自分のツィッターの一番バズったURLを入れたりして」


吉川 「それは悲しいよ。人生で一番誇らしいのがツィッターのバズりみたいじゃん。30超えて高校時代の模試の結果を自慢気に語るくらい悲しいことだよ」


藤村 「わかりました。そこで言うならこっちも覚悟決めました。特別にうちのお店のURLとロゴを入れましょう」


吉川 「勝手なことするなよ! 人の身体に!」


藤村 「すべてをあなたに託します! あ、すべてと言っても差別は含みません」


吉川 「その配慮以前にいっぱい問題があるんだよ!」



暗転

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