神の一手
吉川 「おおっと、この手は!?」
藤村 「これはすごいですね。中々思いつきませんよ」
吉川 「まさに神の一手と言ってもいい妙手ですね」
藤村 「いや……? 神の一手ではないですね」
吉川 「あぁ、それほどでもない?」
藤村 「素晴らしい一手です。しかし神の一手ではないです。いうなればマウンテンゴリラの一手あたりでしょうか」
吉川 「え? マウンテン? もうちょっとすごい感じがしますが」
藤村 「はい? マウンテンゴリラがすごくないと?」
吉川 「いえ、別にマウンテンゴリラをすごくないと言うわけじゃないんですが。さすがにゴリラよりはすごいんじゃないかという気がしまして」
藤村 「ゴリラの知性の話をしています? そしてゴリラは自分よりも愚かだと見下している。なんですか、その無知蒙昧で傲慢な考えは」
吉川 「あ、すみません。そんなつもりでは」
藤村 「私が一手に対して示しているのは、知性ではなくレア度のことです。だからニシローランドゴリラよりマウンテンゴリラの方が希少な一手ですし、クロスリバーゴリラの方がさらに珍しい一手ということです。さらに上が神の一手なのです」
吉川 「それは大変失礼しました。私、勘違いをしておりました」
藤村 「あと別にマウンテンゴリラだってそんなバカじゃないですからね。アマ一級くらいの棋力はあります」
吉川 「あ、そうなんですか。マウンテンに」
藤村 「マウンテンゴリラね。友達でもないのに失礼ですよ」
吉川 「すみません」
藤村 「ちなみに後手の今の一手は、フナの一手です」
吉川 「フナの」
藤村 「全体的に希少というわけではないのですが、分類によっては非常に個体数の少ないフナです。釣りは鮒に始まり鮒に終わる、なんて言葉もありますがギンブナなどは準絶滅危惧種になっております」
吉川 「なるほど。そういう一手……。この1四歩は、比較的よく見る慣れ親しんだ手ではありますが、今後の展開によっては様々な状況を呼び込み、またその展開によっては決め手となるような希少な一手ということでよろしいですか」
藤村 「その通りです」
吉川 「あの、将棋以外の情報量が多いですね」
藤村 「あなたが言い出したんじゃないですか? では言わせてもらいますが、あなたが定義する神を解説してくださいよ。ほら! ほら! 自分で言ったんでしょうが!」
吉川 「失礼しました。そんなつもりでは」
藤村 「ったく、軽々しく神の一手とか言いやがって。なんにもわかってないくせに」
吉川 「すみません」
藤村 「あー、この一手は冷蔵庫を開けた瞬間、なにを取ろうと思ってたのか忘れてしまう一手ですね」
吉川 「つまり、あるある的な」
藤村 「そうです」
吉川 「あぁ、なるほど。わかります。私も経験あります」
藤村 「この先手の一手ですが、エアコンを消してでかけて帰ってきたら部屋がサウナのように蒸し暑くて靴を脱ごうとした瞬間にアキレス腱が断裂した一手ですね」
吉川 「あります? そんなこと」
藤村 「そのくらいない一手です」
吉川 「それ、エアコンの説明をつける必要ありました?」
藤村 「ぁん? またか? またいちゃもんか?」
吉川 「いえ、そんなつもりは……」
藤村 「だったら次の一手、喩えてみなさいよ」
吉川 「あぁ、後手の……。これは、人、いや、神、いや……。あの。これは。ヒガシローランドゴリラの一手でしょうか」
藤村 「正解」
吉川 「合ってた」
暗転
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