しらず

藤村 「あー、歯が痛い。歯が痛いよぉ」


吉川 「大丈夫か? 虫歯?」


藤村 「違う、奥から生えてきた」


吉川 「あぁ、親知らずか」


藤村 「その奥のやつ。いててて」


吉川 「親知らずより奥はないだろ。何が生えてきてるんだ」


藤村 「生えてくるだろ! いってぇ」


吉川 「いや、生えてこないよ。親知らずが一番はじだよ」


藤村 「いってぇ。あんだろ! 吉川知らずが!」


吉川 「吉川知らず? んなもん聞いたことない」


藤村 「あっ! やべっ。違う違う。ないね。そんなのはない」


吉川 「なんだよ。急に狼狽しだしたな」


藤村 「なにも? 何も生えてないよ? 一本たりとも」


吉川 「歯は生えてるだろ。なんだよ、吉川知らずって」


藤村 「なんかあの雲、ピカソのゲルニカに似てない?」


吉川 「不自然! 急に雲の話をするやつは絶対後ろめたいだろ。だいたいゲルニカのどの部分だよ」


藤村 「もういい。俺帰る」


吉川 「ちょっと待てよ。なんだよ吉川知らずって!」


藤村 「ごめん、聞かなかったことにして」


吉川 「信ぴょう性出すなよ。ないだろ、そんなの!」


藤村 「うん。ない。ないよ! じゃ、そういうことで」


吉川 「あるのかよ! なんだよそれ!」


藤村 「やっべぇ! 痛みでついうっかり言っちゃった。よりにもよって吉川の前で」


吉川 「どういうこと? 俺にだけ知られてない人体の不思議があるの?」


藤村 「しょうがないだろ。俺だってそういうものだって教わってきただけなんだから。なんでそんなものがあるのかも知らないよ」


吉川 「俺にだけ?」


藤村 「全世界の吉川さんにだけは知られてはならないみたい」


吉川 「そんなのがあるのかよ! 歯の奥に! なんだよそれー。怖い!」


藤村 「親知らずだってあるくらいだからな」


吉川 「いや、親知らずは親知ってるよ。親にだって生えるんだから」


藤村 「はぁ? おま、まさか……。親に知られたの!?」


吉川 「そんな動揺するほど本気で隠そうとしてたの? いないぞ、そこまで秘密主義のやつ」


藤村 「ありえないだろ。親に知られた親知らずのアイデンティティどうなるんだよ? 単なる奥歯だぞ」


吉川 「そうだな。ちなみに吉川知らずもそうだろ?」


藤村 「頼む。俺がバラしたと言わないでくれ」


吉川 「そんな糾弾されるようなことなの? 別に言わないけど」


藤村 「でもほら、勘のいいヤツなら自分で気づくってこともあるじゃん?」


吉川 「生えてきたら存在には気づくだろうな。どの吉川さんも」


藤村 「だいたいさぁ、吉川知らずなんていいよ。歯だもん。藤村知らずなんて最悪だぞ」


吉川 「なんだよ、藤村知らずって」


藤村 「はいはい。わかったわかった。まぁ、俺は自力で気づいたから。別にそれはいいよ。今更隠さなくて」


吉川 「ないだろ。藤村知らずは。なんなの? それも歯?」


藤村 「もぅ~、すごいガード固めるな。本当に俺はわかってるから。お前がなんと言おうと。だいたいさ、最悪って言ってる時点でもうわかってるってことがわかるだろ?」


吉川 「なんなの? 藤村知らずは」


藤村 「粘るねぇ~! 正直、まじで藤村知らずだけは最悪。世界で一番不幸かもしれない。だってアレだよ? そんな人前で言うのははばかられるけどさ」


吉川 「本当にあるの? 全藤村だけが知らないなにかが」


藤村 「わかったわかった。お前の立場としてはそう言うしかないよな。でも俺はわかってるから。最初に見た時にもうショックだったもん」


吉川 「どれのこと?」


藤村 「ふふふ、どうしても俺の口から確認したいんだ? 合ってるかどうか。わかってるって。アレだろ? アダルトな動画を見た時、アソコにモザイクかかってたもん。ほんと最悪。藤村じゃなきゃ見れたのに」


吉川 「違うぞ? アレは藤村知らずじゃないよ?」


藤村 「いいっていいって。俺は自力で気づいたから」


吉川 「なんて可哀想なやつ」


藤村 「だろ? 最悪だよ、藤村は」



暗転

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