暗闇

暗転



吉川 「暗いなー」


藤村 「心の目で見ればすべてを見通せる」


吉川 「あれ? 達人か? 達人っぽい人がいるな」


藤村 「いかにも。アイ・アム・ア・達人」


吉川 「たった一言で達人っぽさなくなったな」


藤村 「見よ! この華麗なる動きを」


吉川 「全然見えない。暗いから」


藤村 「めちゃくちゃtiktok映えする動き!」


吉川 「言ってるだけでしょ? 見えないことをいいことに」


藤村 「え? なに? 疑うの? 心眼で見ろよ!」


吉川 「だって見えないんだもん」


藤村 「人間は目からの情報に頼りすぎている。五感を研ぎ澄ませ! まずは味覚」


吉川 「味覚はどうでもいいだろ。何を味わうんだ」


藤村 「ちょっとペロっといってみ?」


吉川 「嫌だよ! 暗い中でおっさんをなめることほど嫌なことってないよ。世の中にある嫌な感情のトップだよ」


藤村 「大丈夫。覚悟は出来てるから」


吉川 「お前の覚悟はどうでもいいんだよ。知ったこっちゃないよ。こっちが嫌だと言ってるの」


藤村 「すごい清潔だよ?」


吉川 「清潔とか不潔とかの問題じゃなくて。生理的に嫌だろ? 人間をなめるってそもそもしないだろ」


藤村 「エステも行きました。脱毛のコースで」


吉川 「その労力を無下にするのは心苦しいけど無理だよ。なんかエステに行って万全って思ったら余計に気持ち悪いし」


藤村 「じゃ、もういいです。この話は終わり」


吉川 「他の感は? 五感って言っておきながら味覚だけで終わらせるなよ。もっと色々あるだろ」


藤村 「ない。まさかそんな拒絶されるって思ってなかったから用意してなかった」


吉川 「用意しておけよ。触覚とか聴覚とか嗅覚とか、味覚に比べたら断然ハードル低いだろ」


藤村 「エステ行ったのにな……」


吉川 「そんなに舐められたいの? どういう感情なの?」


藤村 「俺だってなめられるの初めてだからさ。緊張しちゃうし。せめていい思い出にしたいと思って」


吉川 「頭おかしいよ。どう転んでもいい思い出にはならないと思うよ。年をとって『あの時、暗闇の中で舐めたなぁ』とか思い返したくないもん」


藤村 「味覚こそが大事なんだよ。五感の中で視覚に頼らず触覚聴覚嗅覚を駆使するというのは、箱の中身はなんでしょうゲームと一緒なんだよ。お前はそんなバラエティ番組みたいな気持ちで心眼を得ようとしてるのか?」


吉川 「そもそも心眼をそれほど得ようと思ってないもん」


藤村 「いいから。ちょっとこっちきて、触ってみて。あ、気をつけて! 間にアクリル板あるから」


吉川 「なにに配慮してるんだよ! そういうの気にするならなめさせるなよ」


藤村 「対策は大事だろうが! なめんなよ!」


吉川 「なめないよ!」




電力逼迫のため電気を消したままお送りしました。





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