魔球
吉川 「一年前、お前の魔球に破れてから、打倒藤村を胸に山ごもりした成果を見せてやる。今日という日はお前の魔球が破られる日! さぁ、藤村。投げてこい」
藤村 「じゃ、敬遠で」
吉川 「け、敬遠!? ちょっと待って! タイム! 一旦タイム! あの、わかってる? 一年越しの勝負なんだよ? この日のために俺は一年間辛い思いをしたんだよ」
藤村 「そっすか。じゃ、敬遠で」
吉川 「なんでそうなるの!? 魔球を投げてよ」
藤村 「だって打つんでしょ?」
吉川 「打つよ。そのために修業したんだから」
藤村 「打たれたくないですから。敬遠で」
吉川 「いや、待ってよ。そりゃ打つ気ではいるけど、打てないかもしれないじゃん。勝負は時の運なんだから。絶対打てるってわけじゃないからね、俺も」
藤村 「今日、運勢悪かったし」
吉川 「やってみなきゃわからないじゃん。打たれないかもしれないんだよ?」
藤村 「でも打つんでしょ?」
吉川 「打てたら打つよ」
藤村 「じゃ、敬遠で」
吉川 「おいおいおい。まかり通るかそれが? こっちは一年この日のために血も汗も涙も流してきたんだよ」
藤村 「辛かったから打たせろってゴネてるんですか?」
吉川 「ゴネじゃないよ! なんか俺がズルしてるみたいな言い方するなよ」
藤村 「だって言ってることおかしいじゃないですか。ボクは打たれたくないんですよ。それなのにあなたは打つって言ってる。されたくないことをされるのは嫌だから敬遠しようとしてるのに、なんで人の嫌がることをしようとしてる人が文句言うんですか?」
吉川 「人の嫌がることって! 勝負だろうが」
藤村 「それが嫌だと言ってるんですが?」
吉川 「あのさ、一年前に誓ったよね? 必ずお前の魔球を打ちに戻ってくるって」
藤村 「……ちょっと覚えてないっすね」
吉川 「覚えてないの!? ネットニュースにもなったよ?」
藤村 「一年間田舎暮らししてた人と違って、ボクは毎日色々な相手と戦ってきたわけですから」
吉川 「田舎暮らしっていうなよ。なんかほっこりした感じでちゃうじゃねーか。山ごもり。修業。厳しいやつ!」
藤村 「一年前のこと急に言われても」
吉川 「いいの? 敬遠なんかして。お客さんがっかりするよ? みんなこの勝負楽しみにしてるんだよ?」
藤村 「ふふふっ。1シーズンまったく結果残さなかった人に期待するわけじゃないじゃないですか」
吉川 「あー。鼻で笑った? そういう言い方傷つくよ? 結果をあえて残さなかったの。この勝負のために」
藤村 「それは毎日全力で戦ってる選手全員に失礼じゃないですか?」
吉川 「その俺が悪い印象にもってく話術なに? あれ? 俺が悪いの?」
藤村 「あの、あんまり待たせるとアレなんで。いいっすか、敬遠で」
吉川 「一回投げてみない? 一球だけでいいから。それで満足するから」
藤村 「こっちもプロなんで、そういう個人的な満足感のためにやってるわけじゃないですから」
吉川 「個人的じゃないよ。スポーツマンシップでしょ? それが!」
藤村 「忖度のことをそう言うんですか?」
吉川 「忖度じゃないよ! 全然違うよ。何だお前、それがZ世代か?」
藤村 「もう勘弁してくださいよ。いいっすか?」
吉川 「クレーマー対応みたいにしないでよ。じゃ、あの。わかった。打たない」
藤村 「打たないんですか?」
吉川 「打たない……です。だから魔球を」
藤村 「チェンジアップとかでもいいっすか?」
吉川 「魔球だよ! 魔球と戦いに来たんだから」
藤村 「でも打たないなら一緒じゃないですか」
吉川 「一緒じゃないよ。気持ちがぜんぜん違うだろ?」
藤村 「……?」
吉川 「なんで初めて会ったような不思議顔するの? 不実かよ!」
藤村 「敬遠でいっすか?」
吉川 「……チェンジアップでもいい!」
藤村 「はい」
主審 「ストライク! バッターアウト!」
吉川 「畜生! 一年後、必ず戻ってきてお前の魔球を打ってやる!」
藤村 「カントリーライフ、楽しんでくださいね」
吉川 「素敵な感じに言うんじゃねーよ!」
暗転
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