写真

吉川 「写真を撮ると魂が抜かれるって言うよな?」


藤村 「昔の人ね」


吉川 「手に入れたよ」


藤村 「なにを?」


吉川 「魂抜かれるカメラ」


藤村 「えー」


吉川 「本物の明治維新をご家庭で味わえる」


藤村 「別に味わいたくない」


吉川 「苦労したよ」


藤村 「騙されてるんじゃないの?」


吉川 「騙されたと思って買った」


藤村 「それは騙されてる」


吉川 「いや、思っただけだ。実際には騙してる」


藤村 「別に騙してはいないだろ」


吉川 「そうだった」


藤村 「そんなのインチキだよ」


吉川 「インチキかどうかは撮ればわかる」


藤村 「撮らなくてもなんとなくわかるだろ。冷静に考えてみろ」


吉川 「冷静に考えて96回ローンを組んだ」


藤村 「多い! 何年払う気だ」


吉川 「八年」


藤村 「とても冷静とは思えない」


吉川 「まぁ、96回も組んだからには本物だ」


藤村 「いや、全然根拠になってないよ」


吉川 「俺の八年分の意気込みがつまってる」


藤村 「意気込みがつまっててもニセモノはニセモノだ」


吉川 「じゃ、試しに撮ってみようよ」


藤村 「え……」


吉川 「被写体になってくだされ。ミスター・フォトジェニック!」


藤村 「いや、ミスター・フォトジェニックになった覚えはないしやだよ」


吉川 「そんなこと言わずに遠慮しないで」


藤村 「遠慮とかじゃない」


吉川 「信じてないんでしょ?」


藤村 「信じてなくてもやじゃん。気持ち悪いじゃん」


吉川 「気持ちよく撮るから! いいね~とか言う」


藤村 「いや、撮られる気分じゃなくて、そのカメラの余計な説明が気持ち悪い」


吉川 「じゃ、信じるんだな?」


藤村 「信じないけど、別に撮られたいとは思わない」


吉川 「なんだそれは! 男らしくない」


藤村 「あ、俺あれだ。写真絶ちしてるの」


吉川 「なんだその地味な自戒は」


藤村 「ほら、喪中だし」


吉川 「そんな文化初めて聞いた」


藤村 「我が家の家系では代々そうなってる」


吉川 「代々って写真ができたのなんて結構最近じゃないか」


藤村 「代々親父から受け継がれてる」


吉川 「たった二代目じゃないか」


藤村 「この灯火を消すわけにはいかない」


吉川 「いいじゃんか。なに? 怖いの?」


藤村 「怖くはないよ! 怖くはないけど……気持ち悪いじゃん」


吉川 「だから気持ちよく、よりエロティックに撮るって」


藤村 「別にエロティックに撮ってもらわなくてもいい。あれだ。俺写真写りが悪い」


吉川 「気にするな。実際も相当悪いから」


藤村 「失敬だな!」


吉川 「俺のテクで美しくカバーするって」


藤村 「えっとね……ほら、あれだ! ここって心霊スポットなんだよ」


吉川 「そんなの聞いたことない」


藤村 「えー? 有名だよ? 色々死んでる」


吉川 「誰が死んだの?」


藤村 「なんか……微生物とか」


吉川 「そんなもんどこでも死んでる!」


藤村 「出るんだよ! 微生物の霊が。小さくて見えないだけで」


吉川 「別に何の支障もきたさない」


藤村 「強情なやつめ」


吉川 「どっちがだ。本当はそんなこといって怖いんだろ?」


藤村 「怖くないよ! バカか。そんな偽カメラ」


吉川 「カメラ自体は本物だ」


藤村 「偽魂抜かしめ!」


吉川 「じゃ、撮るよ」


藤村 「え。ちょっと待って」


吉川 「なに? ポーズ?」


藤村 「いや、心の準備って言うか」


吉川 「信じてないんでしょ?」


藤村 「当たり前じゃん」


吉川 「じゃ、撮るよ」


藤村 「え、いや……」


吉川 「はい。チーズ!」


藤村 「うわぁ! ……って……何ともないじゃん」


吉川 「……」


藤村 「なんだよ。やっぱりニセモノじゃん。吉川。あれ? 吉川?」



暗転

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