密室
吉川 「……ということは、これは密室殺人ということになりますね」
刑事 「密室だなんて。ふん、馬鹿馬鹿しい。テレビや小説じゃないんだ」
吉川 「しかしですよ。被害者は鈍器で殴られて死んでいる。とても自殺とは思えない」
刑事 「たしかにそうだが……」
吉川 「転んでこんな怪我をするとも思えない。もし仮に、自殺だったにしても、この現場から凶器を持ち去った人物がいるということは疑う余地はない」
刑事 「でも窓にもドアにも鍵が。驚異の壁抜け人間でもいない限り、ここから逃げ出すのは不可能だ」
吉川 「そうです。だから密室なのです。この現場にはなんらかのトリックがあるはずです」
刑事 「では名探偵吉川殿、そのトリックとやらはもうわかってるのかね? ご高説を拝聴しようではないか」
吉川 「いや。答えは出てないが……。少なくとも、この密室を作るのは不可能ではない。まぁ仮説ではあるが、いくつかの方法もあります」
刑事 「ふん。子供だましな。たいした証拠もなしに事件が解決したら、それこそ警察なんぞいらんわい」
吉川 「確かに証拠は足りません。証拠が見つかれば、私の仮説を立証してくれることとなりましょうが」
刑事 「じゃ、いったいどうやって犯人はここから立ち去ったのかね!」
吉川 「まず、ドア。このドアには鍵がかかってましたね?」
刑事 「そうだ。そのことは……被害者の恋人と友人が証言している」
吉川 「もし、鍵がかかってなかったとしたら」
刑事 「はっはっは。馬脚をあらわしたな素人探偵。恋人達が来てすぐに、警察が鍵がかかっていることを確かめているんだよ」
吉川 「それは本当に鍵がかかっていたのですか?」
刑事 「だからドアを壊して中に入ったんじゃないか」
吉川 「私が伺っているのは、鍵がかかっていたかどうかです。ドアが開かなかったかではない」
刑事 「む」
吉川 「もしかしたら、ドアに細工がされて開かなかっただけかもしれない。まぁ……。普通の人はドアが開かなかったら鍵がかかってると思いますがね」
刑事 「た、確かにそうだが……」
吉川 「ドアを壊して中に入ったときに、犯人は壊れたドアに鍵がかけてあったように細工をしたのかもしれない」
刑事 「しかしだな」
吉川 「もしくは……」
刑事 「もしくは?」
吉川 「犯人がドアだった」
刑事 「……へ?」
吉川 「犯人が、ドアに化けていた」
刑事 「いや。化けたって……なにそれ? せっかく推理っぽい感じになってたのに、なにその台無しは」
吉川 「警部、もっと柔軟な発想をしてください」
刑事 「でも、柔軟にしてもドアは……」
吉川 「Qちゃんは靴に変身できるんですよ。ドアに変身する人がいてもおかしくない」
刑事 「それはおかしい。Qちゃんが出てきた時点でおかしい」
吉川 「おりしも、現在はドア変身ブームです」
刑事 「嘘つけ。そんなブーム聞いたことない」
吉川 「やれやれ、さすが、本庁の刑事さんは頭がお堅い」
刑事 「え? まじでブームなの?」
吉川 「これをご覧下さい」
刑事 「あっ! それは……」
吉川 「ドア柄の風呂敷です」
刑事 「ドア柄って……。アバウトな」
吉川 「これをこう使うと……」
刑事 「あ、ドアになった! って、あんぽんたん! なってないよ! どう見てもデコボコじゃないか! 足が出ちゃってるし」
吉川 「それは私がナイスバディーだからです」
刑事 「違うよ! どんな体型でもデコボコしちゃうって」
吉川 「では、ためしに警部。やってみてください」
刑事 「やだよ! 恥ずかしい。こんなのドアに見えるわけないじゃん」
吉川 「真実を確かめるのが怖いのですか?」
刑事 「だって真実じゃないもん。風呂敷だもん。デコボコだもん」
吉川 「警部ともあろう方が、恐れをなすとは……」
刑事 「別に恐れてないって! 貸せ」
吉川 「あっ! 警部……どこに消えたんですか。わぁ、こんなところに突然ドアが現れたぞ。もしや、どこでもドアか! えーい、どこでもドアよ。私をアマゾネスの村につれていきたまえ! ガチャ。って、これは風呂敷! ガビーン、中には警部が」
刑事 「……」
吉川 「あー、びっくりした。驚かさないで下さいよ。警部」
刑事 「私は君の稚拙な演技に驚いたよ」
吉川 「まぁ、このようにして……」
刑事 「ちょっと待て。どのようにしてだ。全然立証されてないじゃないか」
吉川 「ハハハ。警部は自分がどれほど自然にドアになっていたか自覚がないらしいですね。それはもう、見事なものでしたよ」
刑事 「褒められても全然嬉しくない」
吉川 「納得できないのもわかります。これは仮説の一つに過ぎません」
刑事 「一つにもカウントしたくないな」
吉川 「では……あの窓はどうでしょう?」
刑事 「ハンッ! 窓だと? それこそ不可能じゃないか。窓の下は断崖絶壁だ。あそこから外に出たら、それこそ命がない」
吉川 「果たして、そう言えるでしょうか?」
刑事 「もちろん。あの窓からは屋根の上にも上れないぞ」
吉川 「違います。あの窓から出た犯人が……筋斗雲にのっていたとしたら?」
刑事 「……は?」
吉川 「筋斗雲です。雲のマシンで今日も飛ぶのさ。の筋斗雲」
刑事 「えーとね。ないよ。そんなの」
吉川 「警部のおっしゃりたいことは十分わかっています」
刑事 「本当にわかってるのか……」
吉川 「殺人を犯すような心の汚れた人間が、なぜ筋斗雲にのれるのか?」
刑事 「いや、全然違う。前提が全然間違っちゃってる」
吉川 「お答えしましょう」
刑事 「別に聞いてないし。そこは疑問じゃないもん。そこの前が疑問なの」
吉川 「キーワードは……心の綺麗な動物です」
刑事 「あのね。もう帰っていいよ」
吉川 「実際、筋斗雲に乗った悟空につかまってクリリンが飛んだことがあります」
刑事 「クリリンって誰だ」
吉川 「つまり、心の綺麗なモノを筋斗雲に乗せて、さらにその上に乗れば、誰でも筋斗雲には乗ることが可能なのです」
刑事 「はいはい。そこ邪魔だからどいてね」
吉川 「当然、乗りやすさを重視しますので、私の推理ではエイですね。平べったいエイ。しかも心の綺麗な」
刑事 「ちょっと誰か? こいつ、つまみだして~」
吉川 「それにより、この窓からの脱出も可能になります。警察は大急ぎで、心の綺麗なエイを捜索した方がよいのではないですか?」
刑事 「そうだね。うん。わかった。だから、あっちでジュース飲もう。ね、いい子にしててね」
吉川 「警部! ふざけないで下さい!」
刑事 「ふざけてるのはどっちだ!」
吉川 「わ、私がふざけてると!?」
刑事 「ふざけてないと言うのか!」
吉川 「そうですか……。では、警部はエイではない。と主張するわけですね」
刑事 「別にその心の綺麗な動物には主張しない」
吉川 「確かに……。エイは海の生き物ですから、筋斗雲での移動は命にかかわる」
刑事 「もうわかった。筋斗雲はわかった。うん、わかったから」
警官 「警部! 大変です」
刑事 「どうした、騒がしい」
警官 「崖下で、心の綺麗なエイの死体が発見されました!」
吉川 「……やはり」
刑事 「なんで! だいたい、なんでエイの死体に心が綺麗とかわかってるの?」
警官 「それは、鑑識の方が……」
刑事 「なんで鑑識は心を見てるのよ。もっと証拠見てよ。バカか? お前らなんだ、バカなのか?」
吉川 「警部……こうしてはいられません。ついに第二の被害者がでてしまいました」
刑事 「被害者なの? エイが被害者なの? ばっかじゃねーの」
吉川 「ただのエイなら、それで済まされますが、心が綺麗なエイです」
刑事 「なにこれ? 夢? 俺、夢見ちゃってるのかな?」
吉川 「残念ですが……現実です」
刑事 「わちゃー。本当に残念だよ。なんか、もう救いよう無いくらい残念」
吉川 「こうしてはいられない、さっそく犯人を」
刑事 「あのね……。もう、どうでもいいや。犯人の目星とかついてるの?」
吉川 「フフフ。おまかせください。先ほどの風呂敷、裏を見てください」
刑事 「ハッ! これは……リバーシブル」
吉川 「その通り! 裏はなんと、壁柄です」
刑事 「なに? その壁柄って。壁ってものすごいいっぱいあるのに、なにその壁柄って」
吉川 「私の推理が正しければ、犯人は……そこだ!」
刑事 「えーと、壁……で、いいのかな? ここにいるの?」
吉川 「警部は上手くごまかされたようだが……。私の目は両方とも0.9だ!」
刑事 「別に威張るほどよくないと思うけど……」
吉川 「証拠をお見せしましょう。これ、免許証ですが、眼鏡等と……」
刑事 「もう、いいよ。そういう細かいフリは」
吉川 「この壁に! ……あれ?」
刑事 「どうしたの? 壁に何?」
吉川 「い、いない! そんなバカな!」
刑事 「うんうん。いないね。そんなバカなだね。困ったね」
吉川 「くそぅ。俺の推理は……完璧じゃなかったのか」
刑事 「完璧じゃなかったね。エイまでは当たってたんだけどね」
吉川 「ならば警部! 犯人はどこに!」
刑事 「知らないよそんなの。俺は名探偵じゃないもん」
警官 「警部! 警部ッ!」
刑事 「はい? なに? 今度は筋斗雲みつかった?」
警官 「いやぁ、ご冗談を。さすが警部。完璧な推理でした」
刑事 「なにそれ? 俺は推理なんかしてないよ。ただ、現状を把握できないでオタオタしてるだけだよ」
警官 「またまた、警部。ご謙遜を」
吉川 「はっ!? まさか……」
警官 「はい。犯人を逮捕しました」
吉川 「やはり、そうだったのか……。警部、今回は一本取られました。私の負けです」
刑事 「いや、何いってんのか全然わからないんだけど……。俺、なんか言った?」
警官 「犯人は……驚異壁抜け人間でした」
暗転
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