第61話 ゴーレム
休憩を終え、それぞれの荷物を背負い直すとリディ達は洞窟へと入っていく。ジャッカは小屋から持ってきた体の半分ほどを覆う大きな空の荷袋を背負っている。採集した鉱物を持って帰るためのものだ。
「改めて言うが、坊主。洞窟ん中で魔法をぶっ放すんじゃねぇぞ。そっちのでかい奴らも洞窟ん中では暴れんなよ。全員死ぬからな」
洞窟に入ったところで立ち止まり、ジャッカはニケとケルベ達に注意する。
洞窟の中はリディが想像していたよりもずっと広かった。ケルベ達でさえ余裕を持って通ることができる大きさで、声が反響して長く響くことから、広さを保ったまま奥へ続いていることがわかる。
採集のポイントは洞窟の奥にある。ジャッカが先頭を歩き、ジャッカの背中を追うようにリディ達も洞窟の中を進んで行く。しかし、歩き始めてすぐ、外の光がギリギリ届く辺りでジャッカは足を止めた。そして洞窟の壁に向かって手をのばすと、何やら作業を始める。
「こいつは魔石灯って言ってな、こういう風に魔力を込めると、ある程度の時間光ってくれるんだ」
そう言いながらジャッカは洞窟の壁に据えられた燭台に似た、飾りのようなものに手を添える。すると、飾りの中央に据え付けられた石が光を帯び始めた。光はあまり強くはなく、周囲を照らす雰囲気は蝋燭に似ている。
ジャッカは採集用の拠点と定めた洞窟に自ら魔石灯を設置していて、今点灯させたものもそのうちの一つだ。魔石灯の設置間隔は隣同士の光が届くように短めに設定してあり、手前の魔石灯を光らせると、次に光らせるべき魔石灯が確認できるようになっている。
魔石灯の質や込める魔力量にも依るが、魔石灯は魔力を込めると一刻ほどは光を保ち続ける。洞窟の奥まで行って戻るまでには十分な時間だ。もし、洞窟の滞在が長引いたとしても、魔石灯の明るさは徐々に失われていくものであるため、暗くなり始めた近くの魔石灯に魔力を込め直し、また出口に向かって魔石灯を点灯させながら歩けば、洞窟内が真っ暗になることはない。
「光が届く範囲は俺の歩幅で、大体30歩ってとこだな。ゴーレムが出始めるのは7つ目の魔石灯よりも先だ。まずは7つ目のところまで行こう。えっと、30歩で1つで7つ目だと……おい坊主! 7つ目の燭台までは何歩だ?」
「……わかんない」
「210歩だな」
ジャッカの問いに、ニケに代わってリディが答えた。
「あぁ、210歩か意外とあるな。まぁいい、とりあえずそこまで行くぞ。遅れんなよ」
魔石灯に光を灯し終えたジャッカは、再び洞窟の奥へ向かって歩き始めた。
決して平坦ではない洞窟の中をジャッカは魔石灯を灯しながらスタスタと歩いていく。リディとニケは魔石灯で明るくなった洞窟内を足元を確認しながらジャッカに遅れないようについて行った。
先程言った7個目の魔石灯に明かりを入れたところでジャッカは立ち止まり、リディ達が追いつくのを待っていた。
「洞窟に慣れてなさそうだが、ここまでは大丈夫そうだな。だが、ここからはゴーレムが出る。あまり壁に近づかないほうがいい」
リディ達に注意を促したジャッカの声は少しピリッとしていた。出てくるのはザコばかりと言っていたが、ジャッカが緊張感を高めていることが伝わる。それはリディ達に危害が及ばないようにするジャッカの覚悟の表れであったが、別の感情が混ざっているようにも感じられた。
ゴーレムは魔素に侵食された核となる鉱物を中心に、岩や土などが意志を持った魔獣だ。壁に擬態していたり、突然洞窟の壁から生まれることがあるため、知らずに壁に背を向けていると無防備に殴られることになる。このためゴーレムが出る洞窟では壁際に近づかないというのが鉱物採集を生業とする冒険者の定石となっている。
リディとニケはジャッカに言われた通り壁から離れて坑道の中央寄りを歩き、ジャッカに遅れないようについていく。ゴーレムが出るポイントになってもジャッカは先程までと同じ速さでスタスタと歩いていく。そして、ジャッカが次の魔石灯に明かりを点けようとしたときだった。ずん、ずんと洞窟の先の暗がりから低い音が響いてくる。音のたびに洞窟内がゆれ、ぱらぱらと土埃が天井から落ちてくる。
「出たか……」
ジャッカは魔石灯に明かりを灯すと、音のする方へと向き直る。そして、剣を鞘に入れたまま深く腰を落とした構えをとった。
新たに灯した魔石灯、その光が届く境界にゴーレムの姿が現れた。
「あれが、ゴーレムか……岩人形って感じだな」
「見るのも初めてか?」
「あぁ、王都近辺にはあまり洞窟がなくてな」
「そうか、こいつらには二通りの倒し方がある。覚えておくといい」
リディとジャッカが会話している間にゴーレムはすっかりと魔石灯の光の中に侵入していた。重そうな体のせいか動きはあまり速くない。しかし、岩でできた体による攻撃は、岩でぶん殴られるのと同じ威力がある。1撃でも喰らえばそれが致命傷になりかねない。決して油断はできない相手だ。
ジャッカは腰を落として構えたまま、じっとゴーレムを見ている。
そしてその間にもゴーレムは一歩一歩ジャッカに近づいていく。
ジャッカはまだ動かない。
ゴーレムとジャッカの距離があと数歩という距離になった時、ジャッカは『ふぅ』と息を吐くとピタリと呼吸を止めた。
ジャッカの腰に据えられた剣がぼんやりと赤い光を帯びたように見えた。
その瞬間、ジャッカは地を蹴ると同時に剣を抜くと、一瞬でゴーレムを斬り抜けた。
ゴーレムの背後で、振り抜いた剣をジャッカが鞘に収める。それに合わせるようにゴーレムの胸元に真一文字に切れ目が現れ、断面がずれる――。
二つ分かたれたゴーレムは、地面へと崩れ落ちた。
「ゴーレムを斬った……のか?」
斬られたゴーレムの断面、体の中心辺りに赤黒く光るモノがあった。それは徐々に光を失うと周りの岩と同化し、もとから存在していなかったように消え去ってしまう。
「今のがゴーレムの核だ。核を壊すとゴーレムはただの岩や土の塊に戻る。これが1つ目の倒し方だ」
ジャッカは崩れ落ちたゴーレムに視線を向けながら、解説を加える。
ゴーレムの核は魔素が岩に溜まることで作られる。核ができたことによって動き始めたゴーレムは、他の魔獣と同じように洞窟の中で生き物や人間を襲う。
しかし、ゴーレムは生まれた洞窟の外へ出ることはできないため、自ら洞窟へ行かなければゴーレムに襲われる心配はない。ゴーレムが洞窟外に出ない理由について詳しいことはわかっていないが、ゴーレムが陽の光を浴びると崩れ落ちてしまうためだと言われている。
「岩を斬るなんて芸当、できるヤツはほとんどいないぞ」
「知ってるよ。だがこれが一番早くて、簡単、確実だ」
ゴーレムの核は岩の中心にできることが多く、この方法を取るには岩を斬ることのできる技量が必要だ。しかし、リディの言葉通りそんな芸当ができる人間は少ない。故に、殆どの場合ゴーレムを倒すにはもう一つの方法で倒すことになる。
都合よく2体目のゴーレムが続けて出てくることはなかったので、一行は先へと進む。いくつかの分かれ道をジャッカは迷うことなく進み、リディ達もそれに続く。
「まだ先は長いのか?」
ジャッカに小走りで近づき、リディが尋ねた。今は14個目の魔石灯に明かりをつけているところだ。
「いや、もうすぐだ。ここから3つ目の魔石灯の辺りが目的の場所だ」
「そうか、ゴーレムはあまり出ないのだな」
「なんだ、がっかりしたか?」
「いや、期待してたわけじゃないが、もう一つの倒し方というのをまだ教えてもらっていないからな」
「あぁ、そういやそうだな。寝てるやつを起こしてもいいが……」
寝てると言っても、生物のような睡眠のことではない。ゴーレムは生き物ではないので睡眠は不要だ。ゴーレムは人や生き物を襲う性質はあるが、洞窟の中にはそもそも生き物が少ない。獲物がいないとゴーレムは休眠状態となり、もとの土塊のように動かなくなるのだが、その状態が長く続くと、獲物が近くにいても気づかずにそのまま動かない状態になることがある。これをジャッカは『寝てる』と言っている。
この状態のゴーレムは大きい音や衝撃を加えてやると起こすことができる。小石が当たるような小さい音や衝撃でも起きることがあるため、起きたゴーレムに気づかずに殴られて、負傷するというのは洞窟でよくある事故だ。
結局ジャッカ達はゴーレムを起こすのは止め、先に目的地へ向かうことにした。ゴーレムの数を正確に把握することは困難であり、ゴーレムが一斉に起きて囲まれたらシャレにならないからである。
「まぁ、帰るまでにもう1体ぐらい出てくるだろ」
洞窟を進みながらジャッカは、そう呟いた。
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