第60話 ドワーフ
鉱物採集の舞台となる洞窟は、ジャッカの小屋から半刻とかからない場所にある。ジャッカは鉱物の種類により、いくつか拠点となる洞窟を把握していて、今日訪れる洞窟もそのうちの一つだ。洞窟はジャッカの家からすぐ近くの山の中腹にあり、リディ達は洞窟へ向かう山を登っている最中だ。
山道はそれほど険しいわけではなく、時々岩に手をついて登る必要はあるが、大半は緩やかな上り坂でハイキングにも丁度いい塩梅のように思われた。
「ジャッカはドワーフ……だよな?」
リディは先頭を行くジャッカの背に向かって声をかけた。
「あぁ、そうだが、珍しいか?」
「いや、王都ではよく見かけたからそうでもない。ドワーフにしては背が高いと思ってな……」
ドワーフは元々身長が低い種族だ。平均身長をとったらニケの肩辺りになるぐらい低い身長が特徴の種族だ。その代わりその体は筋肉に富み、鉱山仕事や木こりの職に従事したりジャッカのように鍛冶を生業にするものが多い。
そんなドワーフであるからニケよりも少し高い身長のジャッカは、ドワーフの中では頭一つ抜けて背が高い。
「まぁ、ドワーフの血が濃いってだけで、いろんな血が混ざっているからな」
「ほー、ジャッカもそうなのだな」
「あんたもそうなのかい?」
「うちは、エルフの血が混ざっていると聞いている。詳しく辿ってはいないが、他にも色々混ざっているだろうな」
この国、特に王都では人種の区別というものがあまりない。もともと初代の国王が獣人を后に娶ったことに始まり、王族やその周りの貴族を中心に、様々な人種間で婚姻が結ばれてきた。子孫が混血となっても、特徴として現れるのは1種族の特徴のみであることが多く、2種族以上の特徴を持って産まれてくる子はごく稀だ。兄弟で特徴が分かれることもあり、両親がエルフとドワーフである場合には、兄はドワーフの、弟はエルフの特徴が色濃く出るということもある。
王族を中心に混血が広まり、すでに数百年経っていることから、王都には今は様々な人達で溢れており、各コミュニティで人種ごとに派閥ができるという現象もあまり見られなかった。
「俺は力強くハンマーを振るえるから、ドワーフの血が濃く出てありがたく思ってるぜ」
ジャッカは力こぶを見せつけるように、袖をまくり腕をぐっと曲げてみせた。
「――ところで、さっきから周りをうろちょろしてる魔獣はあんたらを狙ってるのか、あんたらの連れなのか、どっちだ?」
ジャッカが突然そんなことを言い出し、辺りの空気がピンと張り詰める。リディもニケも、近くにいる魔獣の気配は感じていない。ジャッカだけがリディもニケも感じ取れない魔獣の気配を感じている。
「魔獣……? ニケ、ケルベたちは近くにいるのか?」
リディとニケが町を出てケルベたちと合流するときは、ニケに呼びかけてもらうことが多いが、ケルベたちがニケとリディの気配を感じて自ら合流しに来ることもある。
ケルベたちの位置を確認するため、ニケは歩きながら少しの間、目をつぶって集中する。いつものように魔力を飛ばし、ケルベたちの位置を確認する。3頭とも近くにいるがリディやニケが気配を感じ取れる距離からは遠く離れている。ジャッカの気配を感じる能力が異常なのだ。
「みんな、すぐ近くにいる」
「場所はあっちとこっちとそっちか?」
ジャッカが気配を感じた3方向を指差す。
「あってる」
「ということは、これはお前らの知り合いか。物騒な気配を放ちやがる」
ジャッカは気配を打ち払うように首をブルブルと振った。
「遠くにいられると落ち着かねぇから、近くに来るように呼べるか?」
「近くにいる方が安心なのか?」
ジャッカの言葉に疑問を持ったリディが問う。
「近くならいつでも斬れるだろ?」
ジャッカは腰に据えた剣に手を当て、あっけらかんとそういった。
「彼らは私達の友達だ。……斬るなよ」
「何もしてこなきゃ、何もしないよ」
リディの剣を弾いたケルベ達が簡単に斬られるとも思えないが、リディはいざとなったら間に割って入ることも考慮しつつ、ニケにケルベたちを呼ぶように促した。
ニケに呼ばれたケルベ達はすぐにやってくる。普通ならその姿を見て、多少なりと驚くものだが、驚くほどにジャッカは冷静だった。
「ケルベロスにバジリスクにグリフォン……ね。やべーの連れてんなぁ」
『はっはっは』と笑った後で、ジャッカは集まった3頭を値踏みするように見回していく、右手を顎に当て、左手を右腕の肘に、剣に手を添えない無防備な姿勢だ。ケルベ達に敵意がないことを見せているのか、あるいはこの体勢からでも間に合わせる自信があるのか、顎に当てた手で自分のひげをいじりながらける場たちを観察していく。
「おっと、挨拶してなかったな。俺はジャッカだ。お前さんらの飼い主……飼い主でいいのか?」
言葉を止めてジャッカがリディたちの方を見る。
「友達」
ニケが小さくそう答えた。
「そうかい。んじゃ改めて、お前さんらの友達と一緒に少しの間行動することになったジャッカだ。短い間だと思うがよろしくな!」
ジャッカの言葉を聞き、ケルベは『うぉん』と小さく吠え、バジルはじっとジャッカを見つめ、グリフは興味なさげにあくびをしていた。
挨拶を終えた一行は再び目的の洞窟へ向けて歩き始める。すでに山の中腹辺りに来ており、ジャッカの目指している洞窟もすぐそこだ。
「――ここだ」
山道を曲がった先、切り立った崖に挟まれるようにして、山肌に黒い穴がぽっかりと口を開けていた。洞窟の手前で一行は腰を下ろし、休憩を兼ねてこれからの段取りを話し合う。
「洞窟の中にはゴーレムが出る。が、あんたらはただ見ていればいい」
「ゴーレムはどうするんだ?」
「全部俺が斬る」
ジャッカは持っていた剣を突き出し、そう宣言した。
「ただ、万が一俺が死んだらそのことをギルドに報告してくれ」
「強いゴーレムが出るのか?」
「いんや、出てくるのは俺にとっちゃザコばかりだ」
「ではなぜ?」
「洞窟では落石や落盤の可能性もある。それに、人なんて案外あっけなく死んじまうもんさ……」
そう言うジャッカは、リディ達と目を合わせることはなく、どこか遠いところを見ていた。
「ま、そんなヘマはしねぇが、万が一は常にある。そのためのあんたらだってことよ。仕事中はとりあえず信用させてもらうぜ」
「あ、あぁ。わかった」
リディはジャッカの言葉に若干引っかかりを覚えつつも、今はただ頷くことしかできなかった。
「ゴーレムについては以上だ。そして、これから洞窟で採る鉱物の話だ」
ジャッカは近くにあった木の枝を拾い、地面に文字を書き始めた。
『鉱魔石』
『精霊石』
その2つの鉱物の名前を書き、ジャッカは枝の動きを止めた。
その文字を見て、リディは顎に手を当て、ニケは首をかしげる。
「こっちの石は白っぽくくすんだ石のことだ。こいつには魔力を溜め込める性質があってな、鉄に混ぜて剣を打つと魔力を込めることができる剣になる。ま、この石自体は魔力を持たずに、溜め込める量もたかが知れてるから、石自体は安いもんだが」
鉱魔石の方をつんつんと枝でつつきながら、ジャッカが求めている石について説明する。
「もう一つの方は、この石自体が魔力を持っている。色はまちまちで、その石が持っている魔力に依存する。火なら赤、風ならあんたの剣についてるように緑になる」
ジャッカはリディが持っている剣を指差した。リディの剣は細身の長剣で、鍔の中央に確かに石が埋め込まれている。じっくりとその石を見ると、内部で緑の輝きが揺らめいているように見えた。
「これが?」
「なんだ、持ち主なのに知らないのか?」
「これはうちに代々伝わる剣で、精霊の力が宿るとは聞いていたが……」
「伝わるうちに、剣についての情報が薄れちまったってことか? もったいねぇな」
リディの話にジャッカはため息を吐いた。
「まぁ、こっちは希少性が高いからめったに出ねぇ。俺も自分で見つけたのは一度きりだ。基本的にはこっちの白い方を洞窟の奥で採取する」
鉱魔石の方をつんつんとつついて鉱物についての説明は終わった。
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