第45話 帰還
リディたちがイダンセへ到着したのは夕方前、空が赤くなりかける時間帯だった。
夕方は他の街から到着する商隊や、畑仕事などで街の外に出ていた人たちの多くが戻る時間でもある。今は一番混雑する時間よりも少し早い時間ではあるが、街の入口には街へ入るための順番待ちの短い列ができていた。
検閲を担当している兵士が身につけているのは憲兵の鎧ではなかった。
どういう分担になっているのかは定かではないが、今日はアキュレティ家の私兵が担当しているようだった。リディがアイシスの方を見ると、アイシスは首を振って返事をした。担当していたのはアイシスの知らない兵士だった。
並んでいた人たちは皆、リディが初めてイダンセを訪れた時のような兵士との問答にはならずスムーズに街へと入っていく。リディたちの順番もすぐに回ってきた。
「あんたたちは三人か?」
「あぁ」
「何の用事でこの街に?」
「この少女がイダンセに住んでいるんだ。街の外に出る用事があったものだから私とこの少年が護衛として同行した。3日前に出発して今戻ってきたところだ」
「ふむ……」
兵士はリディたちの様子を確認している。リディが語ったことはそのまま真実であるし、特に咎められることは無いはずだが……。
「あんた、ひょっとしてリディっていう名前か?」
「あ、あぁ、そうだが?」
「そりゃ良かった、あんたが来たらポリムさんのところに案内するように言われていたんだ。なんでも急ぎの用事があるとかで。兵を付けるんで、悪いが一緒に行ってくれるかい?」
「今からか?」
「あぁ、急ぎだって言うものでね」
兵士はポリムの名前を出してリディを急かした。
「あんたがリディさんてことは、そっちの女の子がアイシス様だろう? あぁ、いや隠さなくていい。馬車を手配してあります。そちらでお送りいたします」
リディたちに口を挟む暇を与えず、兵士は場を取り仕切っていき、リディはやってきた別の兵士に連れられて、すぐに憲兵の詰所へといくことになった。
「――行っちゃったわね」
慌ただしくリディが兵士に連れ去られた後で、残されたアイシスとニケは兵士が手配したという馬車の到着を待っていた。アイシスは直接面識はないが、兵士たちの装備を見るに彼らは間違いなくアキュレティ家の私兵だ。
「私たちはここで待っていればいいのかしら?」
「えぇ、もうすぐ到着しますので」
やがて到着した馬車は、いつもアイシスが使用しているアキュレティ家の豪奢な馬車――ではなく、ただの荷車にみすぼらしい幌をつけたような、小汚い馬車だった。値段の安い乗り合いの馬車でももう少し綺麗だ。
「お待たせいたしました。どうぞご乗車ください」
アイシスが戸惑う中、兵士は何事もないようにアイシスに乗車を促す。
「え、これ?」
「何か?」
「いつもの馬車はどうしたの?」
「本日は都合が付きませんでした。こちらの馬車にご乗車ください」
兵士は淡々と答える。
ここで問答していても仕方なく、アイシスもカショーからイダンセに着くまでずっと歩きづめだったので、疲れている。馬車の見てくれに気は引けたが、やむを得ず馬車に乗ることにした。
4日の旅を経て、今着ている服はあまりきれいな状態ではない。馬車の汚れで服が汚れることを気にしないでよいのは幸いだった。
アイシスとニケは馬車という名の荷車に乗り込む。
外からは見えなかったが、見てくれ通り幌の中はただの荷台だった。
座席や敷物などもなく、急造で拵えたような馬車は埃っぽく、床に手をつくと手のひらが土埃で汚れたが、家につくまでの辛抱だと思ってアイシスは黙って座った。
ニケもアイシスに続いてアイシスの横に膝を抱えるようにして座り込む。アイシスは旅の中でこの体勢になるニケを何度か見ていた。広い場所でもニケはこの体勢をしていたので、狭い場所だからというわけでもなく、ニケ自身が好きな体勢のようだった。
アイシスとニケの正面には先程の兵士がアイシスたちを見張るように座った。
兵士は同じくアキュレティ家の鎧を着ている御者に合図を出し、ガタゴトと乗り心地悪く馬車が走り出す。
ニケはそんな兵士達の様子を、抱えた膝で顔を半分隠しながらじっと見ていた――。
馬車が走り出した頃、夕方の人通りの多い道を、リディはポリムが待つという憲兵の詰所へと向かって歩いていた。
前後を兵士に挟まれ、まるで連行されるように先導される様は通りの人目を引き、チラチラとリディを見る街の人の視線が気になった。
「ポリム氏は私に何の用事だと言っていたんだ?」
「……」
兵士に話を振ってみるが、回答は返ってこなかった。有無を言わさぬ雰囲気で、リディを先導していく。
急ぎと言っていた割には兵士の歩みはゆっくりだった。そのため、時折先導する兵士のかかとにリディのつま先が当たる。それを避けようとリディが歩く位置を横にずらそうとすると後ろに付いた兵士に『横にずれるな』と文句を言われるのだ。リディが新兵のときに受けた隊列訓練並に厳しい指導だった。
結局、憲兵の詰所へはリディが通常歩く時間の2倍ほどの時間をかけて辿り着いた。
詰所に着くとリディを先導してきた二人の兵士はポリムにも会わずに、用件は終わったとばかりにすぐにどこかへ行ってしまい、リディ一人が残される。
リディはとりあえずポリムに会うため詰所の入り口の兵士に声をかけて、建物へと入った。もともとダーロンとルナークで確認したことの報告は必要だった。
リディはポリムの部屋のドアをノックし、返事を待って部屋に入る。最初に来た時と同様に、ポリムは机に向かって書類仕事をしていた。
そしてドアにリディの姿を確認すると、手を止めてリディの方へと歩いてくる。
「これは、リディアンヌ様お戻りになったので?」
「リディでいい。ところで、私はポリム殿が私を呼んでいると言われてここに来たのだが、何か用事だったか?」
「私がですか? いえ、戻られるのを待ってはおりましたが、こちらから呼びつけるような真似はしておりませんし、憲兵らにもそのような指示は出しておりませんが」
リディの話を聞いたポリムは頭に疑問符を浮かべ、何のことだかわかっていない様子だ。
「ただの時間稼ぎか……」
「何か?」
「いや、これは後で話す」
ポリムの疑問をよそに、リディは話を続けた。
「それで2つの村を見て回った結果だが……」
「えぇ、いかがでしたか?」
「結論から言うと、ダーロンとルナークを襲った犯人は別だ」
「ほ、本当ですか!?」
「あぁ、そして、ダーロンを襲った犯人は人間である可能性が高い」
村を滅ぼした犯人が人間だというリディの話にポリムは息を飲んだ。
「一体誰が……」
「確証はない。が、私達がイダンセを離れるときにちょうどアキュレティ家の私兵が街に戻ってくるところに出くわした。彼らが街の外で何をしていたかポリム殿は知っているか?」
「いえ、私の方で領主様の私兵の動きは把握できておりません」
「であれば、街の入口を見張っていた者らから情報を集めてくれ。私兵らが街を出て、荷物を持って街に戻ってくることが、ここ最近多くあったはずだ」
「それは、まさか……」
「あぁ、私は犯人はアキュレティ家の私兵長キドナだと思っている――」
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