第25話 報酬
オムライス専門店『アイの実』で腹を満たした後、リディとニケは再びギルドに向かっている。朝の収穫を終えたアグリカがギルドに報告を完了しているはずなので、そろそろ報酬を受け取れるはずなのだ。
「ほうしゅう、ほうしゅう、いっくらっかな~」
「なにそれ?」
「報酬の歌だ!」
ギルドへ向かう道すがら、受け取る報酬のことを考えてリディは上機嫌だった。
歩く足も気分が高揚して自然とスキップになってしまう。
報酬は30万ジルを超える額になるはずだ。それだけのお金があれば次の街イダンセでそこそこいい宿に長い日数泊まったとしても余裕で余るほどの金額だ。
周囲に笑顔と歌声を振りまきながらギルドへ到着するとリディはいつものように番号札をとり、ニケと並んで待合室で待った。番号は1番だった。
「1番の方どうぞー」
声を聞いただけでわかる。
また、アルパがリディたちの受付担当だった。
「受付は2名いるのに、またあなたなのだな」
「はい、偶然ですね!」
「本当か?」
「まぁまぁ、知っている人のほうが話が通りやすいじゃないですか。それで、ご用件は?」
「あぁ、午前中にはアグリカ氏からの報告があったと思うのだが、報酬は受け取れるだろうか?」
いつもの用件を当てるというくだりがなかったので、リディは思わず拍子抜けしてしまった。心中でだいぶ毒されてしまっていたと反省する。
「はいはい、報酬の受け取りですね。ちょーっと待ってくださいね。あ、ギルド帳もお願いしまーす」
リディからギルド帳を受け取るとアルパは手元の資料をめくり始める。すると、数枚めくったところですぐに手が止まった。
「はい、アグリカさんからもちゃんと報告が来ていますね。問題有りません。ヒジカ18頭が成果として承認されます」
言いながらアルパはリディのギルド帳にスタンプを押して、そのすぐ下に本日の日付と自身の名前を記入した。
「では、こちらが報酬となります」
アルパは受付テーブルの下でゴソゴソとしてから、少しふっくらとした巾着をテーブルの上にずんと置いた。なかなかの重量感だった。
「えー、それで。この報酬から私の取り分の5万ジルをいただいて……」
そう言いながらアルパは巾着に手を伸ばし、中へと手を突っ込んだ。
「――ちょっとまて」
アルパの腕をリディが掴む。
「なんですか?」
「取り分とは何の話だ。ギルドの手数料は依頼時にアグリカから支払われていて、報酬に手数料はかからないはずだ」
「チッ、ご存知でしたか。リディさんはお人好しそうだからうまく騙せると思ったのになぁ」
愚痴をこぼしながら、アルパは巾着に突っ込んでいた手を戻した。
「――ちょっとまて」
アルパの腕をリディが掴む。
「なんですか?」
「そのまま手を開いてみろ」
「チッ、なかなかやりますね」
リディに言われたとおりアルパが手を開くと、銀貨と銅貨が入り混じったコインがバラバラと手のひらから巾着の中に戻った。
「全く何のつもりだ」
「まぁ、ちょっとしたテストですよ。ギルドでの仕事歴が数件しかない経験の浅い人が、簡単に騙されないように、こうして実体験してもらっているんです。人を疑うことを知らずにギルドの仕事をするのも危険ですからね」
それはこのギルドの方針だった。
ギルドの仕事にはギルスコという依頼者と冒険者の評価システムが取り入れられてはいるがそれで不正がゼロになるわけではない。
どんなシステムを取り入れようとも悪事を働くものは一定数存在する。
そんな中で、このギルドでは特に冒険者になりたての者の被害を防ぐため、こうした実体験形式の秘密裏の研修が取り入れらているのだ。
ちなみに、先程のアルパの行いに気づかずに、アルパに言われたとおりに取り分を与えてしまった場合、騙されないための知識を叩き込む研修の受講が必須になるのだそうだ。
「その点リディさんは人を疑うことに慣れている感じですねぇ。ギルド帳には1件しか記載が有りませんでしたが、他にもこういうお仕事をされているので?」
先程アルパがお金をちょろまかそうとした動きに対する、リディの行動は完璧だった。
あれが詐欺やスリなどの犯罪に実際に対応したことがあるか、あるいはここでの研修のようにそういう手口の知識を学んだものの動きだった。
「まぁ、今は休業中だが私は騎士の端くれでもあるし、ある程度はな」
「ほえー、騎士って王都の騎士ってことですよねぇ、その騎士様がなんでこんなところに?」
「んー、それは乙女の秘密だ」
リディは口元に人差し指をあて、にっこり笑いながらそう答えた。
ギルドを後にしたリディとニケは、アグリカの家へと向かっていた。
ギルドでの手続きを終えたあとでアルパから、アグリカの家へ寄って欲しいというアグリカからの伝言を聞いたからだ。
「ほうしゅう、ほうしゅう、うっれしっいな~」
「なにそれ?」
「報酬の歌パート2だ!」
ニコニコしてのんきな歌を歌っているリディにニケはついていく。
リディが結構なボリュームで歌うものだから、町の人の視線も自然と集まってしまう。
ニケはその視線を避けるためにローブのフードを少し深めにかぶった。
リディは隠そうとするどころか、逆に視線を向ける人に向かって手を振り笑顔を振りまいていた。
二人がアグリカの家に来るのを待っていたのか、二人が着いたときアグリカは家の外にいて、二人の姿が目に入ると大きく手を振って出迎えた。
「ちゃんと、伝言は伝わったみたいだな」
「あぁ、ギルドからこちらで寄るように言われたのだが、まだなにかあっただろうか?」
「あん?まだ報酬を渡してないだろうが」
「いや、報酬ならギルドで貰ったが……」
「金じゃねぇよ、依頼書に書いておいただろ『解体後のお肉も差し上げます』ってな」
そう言われてリディは思い返すと、依頼書に確かにそんなことが書いてあったことを思い出す。
金欠の中で急に入った大金に気を取られ、食べ物のことを失念するとはリディにとって痛恨の極みだった。
「すまない、失念していた」
「ははっ、いいってことよ。大の前に小が霞むのは仕方ねぇさ」
アグリカはリディたちについて来るよう促すと、敷地内にある小屋の方へと歩を進めた。
小屋には煙突があり、細い煙が上がっているのが見えた。
「あんたら旅してるなら日持ちするものの方がいいと思ってな」
小屋の近く、日陰になっているところに大量の肉が並べられていた。
「これは……」
「あんたらが狩ってきたヒジカの肉だよ。燻製にしたあとで、さらに干してあるから、そこそこ日持ちするはずだ。まぁ、仕上がっているのは一日目に持ってきてもらった分だけだが」
アグリカは好きなだけ持っていっていいとリディたちに告げた。
一日目の分だけといっても、ヒジカ6頭分。とてもリディとニケで食べきれる量ではない。それでもせっかくの戴きものなので、多少荷物にはなっても多めにもらうことにした。毎日三食しっかり食べたとしても、数日は肉には困らないだろう。
しかし、食事が必要なのはニケとリディの二人だけではない。
リディはアグリカから少し離れたところにニケを呼ぶと、小声で話しかけた。
「ケルベ達はこういう肉を食べるか?」
「食べるけど、コレは塩が強いからあんまり多くはあげられないかな。おやつとして少しずつあげるのがいいと思う」
「そうか、ケルベたちも食べられるなら、もっと多めに貰っておくか」
リディはアグリカに必要な量を申し出ると、大きい袋を持たないリディたちに携行用の麻袋も譲ってくれた。
肉をもらった麻袋に詰めていく、乾燥して見た目よりも軽くなっているとはいえ、袋が多少膨らむ程度にもなると、かなりの重さになった。
(こりゃ、早めに処理して軽くしていった方がいいな……)
何があるかわからない旅路では、なるべく余裕がある状態の方が望ましい。重い荷物を持って体力を削ってしまうのは悪手である。
麻袋を持ちながらリディはそんなことを思った。
「そんだけでいいのかい?」
「あぁ、もう十分だ」
アグリカはそんだけと言うが、リディが両手で袋を抱える程度には量がある。
それでも、一日目の分のヒジカ肉の半分に満たないのだから、アグリカが肉をもっと持っていっていいと言うのも本心だろう。
これ以上は荷物が大きくなりすぎると言って、さらなる増量をリディは丁重に断った。
「あんたら、旅してるんだろ。次はどこに行くんだ?」
「あぁ、イダンセに行くつもりだ」
「ほう、北に向かってるのか」
「あぁ、前の街で気になる噂話を聞いてな。イダンセで情報を集めようかと」
イダンセは北の要所と言っていい大きい街だ。そこには人も情報も集まる。
リディはそこでアサイクで聞いた、北で町が消えているという噂の情報を集めるつもりだった。
「北で村が消えている……ねぇ」
「知っているか?」
「いんや、少なくとも俺っちは聞いたことねぇなぁ。でもまぁ、そういう話ならイダンセはうってつけだな。あそこはこの町よりだいぶ賑やかだし、人の出入りも激しい、噂話も集まるだろう」
アグリカから噂の話は聞けなかったが、イダンセで情報を集めるという方針は問題なさそうだ。情報の如何によっては更に北へ向かう必要もあるかも知れない。
そうなれば相応の準備も必要となるが、イダンセは商業的にも活気のある街であり、旅支度を整えるのも簡単だ。
「イダンセにはしばらくいるのか?」
「情報の集まり方にもよるが、少なくとも数日はいると思う」
「なら、『カッコウのとまり木』って宿に行ってみるといい。俺の名前を出せば安く泊まらせてくれるはずだ」
「それはありがたいな」
今回の報酬で金には余裕があるが、何に入用になるかわからない。節約できるのであれば節約しておきたい。
アグリカに念の為と行って紹介状を書いてもらい、リディとニケはアグリカに改めて報酬の礼を言ってアグリカの家を後にした。
時間は夕方近くになっていたのでリディたちの他に町を離れようという人はいなかったが、大事をとって町から少し離れたところでケルベ達と合流し、空が赤くなる前にイダンセへ向けて出発した。
リディたちがリトナの町を離れたその頃、ギルドでは受付の終了時刻に向けて、アルパが書類の整理などを行っていた。
この時間になると、来る側もギルドがもうすぐ閉まる時刻だと認識しているので、客もまばらになる。
そんな中、ギルドにやってきて書類を整理している最中のアルパに話しかける者があった。
「アルパ君、リディ君達はもう旅立ってしまったかな?」
「えぇ、もうだいぶ前にアグリカさんの家に向かいましたから、報酬のお肉を受け取ってすでに町を離れている頃かと」
「そうか、改めて礼を言いたかったのだが仕方ないな……」
そう残念そうに語るクライスの姿がそこにはあった。
「ずいぶん、リディさんのことを気にされますね」
「うーむ、絶対どこかで彼女を見た覚えがあるのだが、それがどうにも気になってね……」
クライスがリディと会ったのは今日が初めてのはずなのだが、クライスはそれ以前にどこかでリディの顔を見たことがある気がしていた。人の顔を覚えることには自信があったのだが、肝心な時に思い出せないのは不覚であり、なおさら気になって仕方がなかった。
「クライス様とリディさんで可能性があるとしたら王都ですかね?」
「王都? なぜ王都なんだ?」
「リディさんのギルド帳に書いてありました。ここに来る前に一つだけ受けていた依頼が王都のギルドで受けた薬草採取でしたから。それに本人が騎士の端くれって言ってましたよ? 具体的な話は乙女の秘密♡といってはぐらかされちゃいましたけど」
『王都』という言葉がクライスの脳裏にカチリと嵌る感覚があった。
「王都、いや王城……?」
その言葉をきっかけに改めて記憶を探ってみる。
「リディ……」
リディの名前を改めて口にするとこの名前にもどこか聞き覚えがある。
クライスの脳裏に浮かぶのは、荘厳な王宮の迎賓に使われるための部屋。
多くの貴族が集まり、誰か、何かを祝福している。
「……!?」
そうして辿った記憶の先に、はっきりとリディの姿を見た。
「思い出した!! 王城で行われた王女の10歳の生誕パーティ。王女の傍らについていた女性だ。そう確か――」
リディアンヌ・フォン・ライフェルト。それがリディのフルネーム。
「それって……」
「ライフェルト公爵家の嫡女だ。王女の側仕えをしていたはずの彼女がなぜ旅を……」
以前出会ったリディのことを思い出しはしたものの、クライスの頭には新たな疑問が残るのだった――。
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