第7話 露店

 アサイクの町はヨルクル村から丸一日近く歩いた場所にある。

 リディとニケは順調に旅程をこなし、通常より少し早い夕方近くに到着した。

 町に入るのはリディとニケだけで、ケルベロスたちには町の近くで過ごすようにニケが伝えて別行動をしている。


 村と町という違いの通り、アサイクはヨルクルより少し大きい町であり、夕方近いこの時間は仕事帰りの人や、露店などの買い物客、町で喧嘩などが起きていないか目を光らせている警備兵などで通りも賑わっている。


 リディとニケはそんな町の通りを歩いて、今夜泊まれそうな宿を探しながら、通りに並ぶ露店などを冷やかしていく。

 露店には様々なモノが売っている。干し肉、野菜、果物、雑貨や魔石。

 面白いと思うものはあれど、必要なものはなかったのはリディにとっては幸運だった。必要なものがあったとしても、リディには買う金がないからだ。


 そんな露店の並びの中に、リディの目を引く宝飾品を売っている店があった。

 宝飾品といっても、大きな宝石の付いた高価なものではなく、比較的安価な鉱石が付いたどちらかと言うと雑貨に近い類いのものだ。


 その露店の店主はフードを目深に被り顔はリディからは見えないが、小柄な体は年老いているようにも、子供のようにも見えた。

 手には売り物にするためであろう鉱石と金属を持って、何やら作業をしている。


「綺麗なものだな」

「……お買い上げかい?」


 しわがれた、老婆のような濁った声だった。


「いや、冷やかしだ。金がないものでな」


 リディは露店を覗く際の決り文句を告げる。本当は手持ちには多少余裕があるが、こう言っておけば無理やり商品を売りつけられる確率は下がる。しかし悪態をつかれる確率は上がる諸刃の剣でもあるが……。


「そうか、構わんよ。じっくり見ていっておくれ」


 店主はリディをちらりと見てそれだけ言うと、手に持った細工作業に戻った。


 リディは店頭に並べられた品々を見ていく。

 ただの置物っぽいもの、イヤリングになっているもの、ブレスレットになっているものなど、商品にはいくつかの種類があった。


 リディは商品の中からペンダントになっているものを一つ手に取り、目の前に掲げて見る。素材は高価なものではない。

 が、妙に惹きつけられてしまう。詳細はわからないが魔力が込められているようにも感じる。しかし、そこに不快感はなかった。


「……それが気に入ったのかい?」

「あぁ、妙に惹きつけられる」

「そうかい、お嬢ちゃんはいい目をしているね」


 店主はそう言いながらリディの持ったペンダントをリディから取り上げて、元の場所に戻す。そして、先程まで手元で作っていた、同じくペンダント型のアクセサリーを替わりに差し出した。


「お嬢ちゃんには、これをあげるよ」

「いや、いらないが」

「えっ!?」


 目深にかぶったフードで表情は見えないが、店主が素っ頓狂な声をあげる。


「さっき言っただろう、宝飾品を買う金はないんだ。これ以上使うと宿代に響く」

「あ、あぁ。そういうことか」


 リディから理由を聞いて、店主はまたしゃがれ声に戻る。


「ふっふっふ……、金のことなら気にしなくていい。タダであげるよ」

「いや、いらないが」

「えっ!?」


 目深にかぶったフードで表情は見えないが、店主がまた素っ頓狂な声をあげる。


「あ、あーあー、ごほん!んーんー」


 店主は咳払いをして声の調整を整え、またしゃがれた声に戻る。


「な、なぜいらないんだい?」

「私が普段ペンダントを着けないからだ」


 リディは普段ペンダントなどのアクセサリーは身に付けない。ここぞという時には魔法の効果が付与されたアクセサリーを身につけることもあるが、着飾るための宝飾品の類はからっきしで、友人のフィリアにももっと気を向けるべきだとうるさく言われていた。


「残念だねぇ……清楚で見目麗しい乙女にはぴったりな品だと思うんだけどねぇ」

「……そ、そうか?」


 ピクリと『乙女』という言葉にリディが反応する。


「このペンダントは乙女の魅力をぐっとあげるからねぇ。ただでさえ美人のあんたには鬼に金棒だよ」

「ほ、本当か!?」


 店主はこの路線だと確信したのか追い打ちをかける。


「私が男だったら、こんなペンダントを着けた美人がいたら放っておかないね」


 店主は(フードで顔は見えないので想像だが)ニコニコしながら、改めてリディにペンダントを差し出す。


「どうだい、……受け取ってくれるかい?」

「いや、いらないが」

「えっ!?」


 リディの答えは変わらなかった。


「な、なんでいらないんすか?」

「私が別に男性にモテたいと思っていないからだ」

「……」

「……」

「あーもう!何回やるんですかこのくだり!さっさと貰って欲しいですよー。この先絶対必要になりますからー」


 もう、店主の声はしゃがれた声ではなくなり、口調も180度様変わりしていた。

 若い女の声になって、ぎゃんぎゃん喚き散らしている。そうしながらもフードで顔は見えないようにしているのだから器用なものだとリディは冷静に思う。


「ゼッタイ、ゼーッタイ必要になりますからー」


 店主はもはや恥も外聞もなく、リディに受け取るように訴えかける。


「……はぁ、仕方ないな」


 店主のその様子を見たリディは一つため息を付いて、店主の持っているペンダントを受け取った。


「いいの!?……あ、いや、ごほん!……い、いいのかい?」


 店主はまた声色を整えてしゃがれ声に戻し、改めてリディが受け取るのかを確認する。


「あぁ、これを身に着けていれば良いのか?」


 リディは店主の話を了承し、受け取ったペンダントをリディは早速身につける。店主は先程のやり取りでゴマをすっていたかもしれないが、ペンダントがリディに似合っているのは確かだった。


「あぁ、それでいい。……必ず、役に立つ時が来る」


 店主はそう言って、用は済んだとばかりにまた細工作業に戻り、リディはその姿をしばらくの間じっと見ていた。


(役に立つ、ねぇ……。まぁ、いいか)


 リディは店主に対して、何かを探るような視線を向けていたが、店主に動きはなく、見切りをつけて露店を後にした。


「……知ってる人だったの?」


 露店から少し離れてから、ニケがリディに声をかける。


「いや、知ってる人ではなかったな……」


 そうリディは答えて、話はそこで途切れた。

 リディの胸元には先程店主から貰った。白い雫の形をした石が夕日に照らされてキラリと輝いていた。


『頼みましたよ。リディアンヌ様――』


 ふと、二人の耳元でしわがれた店主の声が聞こえた。

 すぐに振り向くがそこに店主の姿はない。


 そして、先程露店があった場所にはもうなにもなかった――。


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